第16話 幼馴染とキスの味②
《氷室碧 視点》
キスしてみないかと言ったら、ユウが固まってしまった。
まぁ、そりゃ突然こんなこと言われたら誰だって戸惑うよね。でも、少し試してみたいと思った。恋愛感情がわからないボクでも、何かドキドキする方法があるんじゃないかと思って。
それに、ユウだってボクのことが好きならキスくらいしたいんじゃないかな?
「どうする?」
「ど、どうするって……」
決めるのはユウだ。でも、さっきから固まったまま。
みるみる顔を赤くしていって、こちらに戸惑いの視線を向けてくる。
今、ユウは何を感じているんだろうか。好きな人とキスする機会を目の前にして、嬉しい? 恥ずかしい? それとも、怖い?
ボクにはよくわからない。確かに、自分でも突然キスするだなんて意味のわからないことを言っているなとは思う。
でも、ユウなら別に良いかなって言う感じだ。
しばらくユウの答えを待ってみた。けど、ユウは何も言ってくれない。
もしかして、キスするのって嫌だった?
「まぁ、別にユウが興味ないならいいけど――」
「――あるっ!」
キスしないならまたゲームに戻ろうと思ってユウから視線を外そうとした瞬間、ユウが少し声を大きくして答えた。
最初からそう言えばいいのに。何を躊躇っていたんだよ。
「じゃあ、する?」
もう一度聞くと、ユウは視線をどこへともなく逃がして呟くように答えた。
「する……と、言うか……したい……」
いや、何が違うんだよ。
まぁ、ユウのことだから、自分が『する』と決めるより、あくまでボクにお願いする形で『したい』という風に言い換えたんだろうけど……わざわざそんな言葉遊びをしなくても、ボクから誘ってるんだから『する』って決めてくれて良いのに。
でも、そんなユウの細かい気遣いがちょっと可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「何それ~、一緒じゃん」
「んまぁ……」
いっつも恥ずかしげもなく好き好き告白してくるくせに、こういうときは照れてるのがなんか可愛いなぁ~。
そんなことを思いながら、ボクはコントローラーを床に置いて、四つ這いでユウの方へ近付いていく。大して離れてもいない距離を詰めるのにわざわざ立ち上がるのは面倒臭かった。
そうして近付いていくと、ユウがバッと顔を背けた。
どうした、急に?
「ちょ、お前マジで無防備……!」
無防備……? 何が……って、あぁ~。
確かにこんなぶかぶかなTシャツ着てるときに四つ這いになったら、首元が開いて色々見えちゃうよね。
「いやいや、今更でしょ~。こんなこといちいち気にしてたらキスなんて出来ないよ?」
別にボクは気にしないんだから、見たければ見れば良いのに。
んまぁ、知らない男子に見られるのは流石に鳥肌モノだけど、ユウになら全然見られても構わない。そのことについて、別に何とも思わない。
気にせずボクはユウに近付く。少しユウから汗ばんだ匂いがした。まだエアコンをつけるほどの気温でないうえ、部屋の窓を開けているからそんなに熱くはないはず。
緊張してるのかな? してるんだろうなぁ~。だって、全然こっち見ないし。
でも、顔をボクの方に向けてくれないとキスなんて出来やしない。
「んねぇ~、本当にする気ある~?」
「ま、待て待てっ……心の準備が……」
心の準備って……別にそんなの必要ないでしょ。大袈裟だなぁ~。
でも、ちょっと羨ましいな。ユウみたいに、ボクもドキドキしてみたい。好きな人を前にして、その複雑な感情を抱いてみたい。
ユウばっかり、ズルいよ…………。
「ふぅ……」
ユウが気持ちを整えるように息を吐き出した。顔の赤らみは一切引いてないけど、どうやら覚悟は決まったらしい。やっとボクの方を見てくれた。
「よ、よし……」
「あはは、気合入りすぎ」
「う、うっせ」
さて、さっさとチュッとやって終わらせよう。こんなのでドキドキ出来たら良いんだけど……どうかな。
「ん」
ボクはユウの方に顔を近付けた。唇が触れやすいように、気持ち尖らせておく。
すると、少しの間を置いてから、ユウもボクの方へゆっくりと、本当にゆっくりと顔を近付けてきた。
んもう、じれったいなぁ……さっさとしてよね~。
やっと互いの鼻先が触れ合いそうな距離に来る。少し荒いユウの鼻息が肌を撫でてくすぐったい。
しかし、ユウがここまで来て一度顔を近付けてくるのをやめた。
おいおい、まさかここまで来てやっぱ止めるとか言い出さないよね? もしそうなったら、この先『ヘタレ』ってあだ名で呼んでやる。
「な、なぁ……目、閉じてくれね?」
「えぇ~」
良かった。いや、何が良かったのかはわからないけど、別にキスを止めるということではなさそうだ。
ってか、目を開けてるのと閉じてるので何か変わるかな? 何のこだわりだよ。
「いや、何か顔見られるの恥ずい……」
「んも~、しょうがないなぁ……」
まぁ、そんなことでユウがキスしやすくなるなら、別に良いか。
ボクは目蓋を閉じた。当然ながら、ユウの姿はおろか、何も見えなくなる。
……あ、あれ? いつのタイミングでキスされるんだろう。見えないからわかんないよ。今ユウはボクの唇を見てるのかな? それとも顔? 他のところ?
目を閉じてから数秒が経った辺りで、顔の間近に熱を感じた。体温だ。
ゆ、ユウが顔を近付けてる……よね……?
唇の距離は、どのくらいだろう……? ちょっと突き出したらもう当たる? それとも、まだそれなりに離れてる?
わかんない。わかんないよ、ユウ。
っ……!?
変な汗が滲んできた。身体にキュッと力が入る。胸の奥がざわつく。
「――ちょ、ま、待って」
「碧?」
ボクは慌てて顔を背け、床にお尻をつけて座った。目蓋を持ち上げ、開ける視界。でも、なぜかユウの方を見られない。
ボクは今どんな顔してる? わかんないけど……見られたくない……!
胸のざわつきがどんどん激しくなっていって、気付けば鼓動が早まっていた。やけに身体が熱くなってる。
今、ユウにボクの唇を預けるのは、ダメだ……!
無意識の内に左手の人差し指で自分の唇に触れていた。
キスするくらい、別に大したことじゃない。それに相手はユウだ。何も考えなくていい。ユウがしたいようにさせておけばいい……はず、なのに。
この気持ちは…………
「碧、お前、もしかして――」
――言わないで!
そう叫ぼうとしたが、口が開かなかった。ただ、どうなっているかわからない顔をユウに向けて、見詰めることしか出来なかった。
ボクのこの気持ちを、言わないで。教えないで。知りたくない、知りたくない知りたくない知りたくないよ――――
――知ってしまったら、もうボクはユウをこれまでと同じように見られない!
そんな願いは儚く散り、ユウが口を開いた。
「――照れてる、のか?」
「――っ!?」
違う。違う、照れてない。ボクは照れたりしない。ユウの言っていることは間違ってる。ボクのことはボクが一番よくわかってる。
ボクは、照れてない。
だから、今どうしようもなく顔が熱くなってしまっているのも、心臓が痛いほど大きく激しく脈打ってるのも――――
――――気のせいだ……!