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第15話 幼馴染とキスの味①

「別に、冗談じゃないけど……?」


「…………え?」


 こ、コイツ、何言ってんだ……?


 え、キスしないかって言ったよな。聞き間違いじゃ……ない、よな?


「どうする?」


「ど、どうするって……」


 どうしてコイツはこんなにも平然とした表情を浮かべていられるのだろうか。恋愛感情がわからないと、こういうことも平気なのか?


 間違いなく今の俺の顔は赤い。見えはしないが、どんどん顔に熱が溜まってう行くのを感じるから間違いないだろう。


 対して、碧はいつも通り。いや、気持ち真面目な表情を浮かべてはいるが、それでも特に自分の発言について何とも思ってなさそうな、飄々とした面持ちだ。


 俺が戸惑って黙り込んでいると、碧はスッと視線を外して再びゲームの画面が映し出されるテレビの液晶へと意識を持っていこうとする。


「まぁ、別にユウが興味ないならいいけど――」


「――あるっ!」


 考えるより先に、俺はそう言っていた。碧がこちらに視線を戻してくる。


「じゃあ、する?」


「する……と、言うか……したい……」


 する、というとまるで俺が決めているかのような感じがして嫌だった。したい、とあくまで碧の意思を尊重する形にしておきたかったのだ。


 しかし、碧はそんな俺の言い回しが面白かったらしく、あははと軽く笑う。


「何それ~、一緒じゃん」


「んまぁ……」


 碧が手に持っていたコントローラーを床に置いた。そして、四つ這いになって俺との距離を詰めてくる。


 着ている部屋着はいつも通りぶかぶかのTシャツ。


 四つ這いになったことで、その襟元が重力に従って垂れ下がり、鎖骨――そして、その下にやや控えめながらも確かに存在する双丘がチラリと視界に入ってきた。


「ちょ、お前マジで無防備……!」


 目のやり場に困って、俺が視線を逃がすと、碧は再び笑った。


「いやいや、今更でしょ~。こんなこといちいち気にしてたらキスなんて出来ないよ?」


 見たければ見れば? とでも言わんばかりに、碧は気にせずその体勢のまま俺のすぐ傍まで来た。


 ドッ、ドッ、ドッ――と俺の心臓がやかましい。体温がみるみる上昇していくし、妙に汗ばんできた。熱い。


 何より……碧の方を向けない……。


「んねぇ~、本当にする気ある~?」


「ま、待て待てっ……心の準備が……」


 碧にはわからないのか? まぁ、わからないんだろう。そうでなければ、このシチュエーションでそんな呆れた顔は作れない。


 しかし、俺も俺だ。いつまでも尻込みしたままでは後々碧に「ヘタレ」と弄られかねない。


「ふぅ……」


 長く息を吐き出す。心臓の鼓動も、身体の熱も収めることは出来ない。でも、心の余裕を少しばかり……本当に気持ちばかり取り戻すことは出来た。


「よ、よし……」


「あはは、気合入りすぎ」


「う、うっせ」


 碧が「ん」と顔を近付けて僅かに唇を尖らせてくる。雑念のない、澄んだ黒い瞳がこちらをジッと見詰めてくる。そこに映る俺の表情は、自分でも間抜けだなと思うようなものだ。


 俺は自分の顔を碧の顔と正面から向かい合わせる。ゆっくり、ことさらゆっくりに顔を近付けていき、遂には互いの鼻息を感じられるほどにまで来た。


 しかし、ここに来て無性に恥ずかしさが込み上げてくる。


「な、なぁ……目、閉じてくれね?」


「えぇ~」


「いや、何か顔見られるの恥ずい……」


「んも~、しょうがないなぁ……」


 俺の目の前で、ゆっくりと目蓋のカーテンが閉じられて黒い瞳が仕舞われた。


 よ、よし……これなら……。


 俺は勇気を振り絞ってさらに顔を近付けていく。僅かに唇を尖らせて、碧の薄い桃色に彩られた唇に――――


 ――ピクッ。


 碧の閉じられた目蓋の縁を飾る長い睫毛が震えた。それはまるで、花に留まっていた蝶が何かの拍子に驚き羽を広げたかのよう。


 ほんの僅かな隙間を保って、まだ互いの唇は触れていない。そして、俺がそんな隙間を埋めようとした瞬間に――――


「――ちょ、ま、待って」


「碧?」


 碧がそう言って咄嗟に顔を背ける。四つ這いの姿勢を止めて、尻を床に付けた正座に近い座り方――女の子座りをする。


 左手を持ち上げてその人差し指で自身の唇を隠すような仕草を見せた。


 どうしたんだ、碧……?


 もう付き合いはかなり長い。それこそ、一緒に過ごした時間は家族の次に多いだろう。


 しかし、そんな数え切れない思い出の中に、今、目の前で碧が見せる反応はなかった。初めて見る姿だ。


 ――凄く可愛い。


 こんな反応が新鮮だということもあるが、その仕草が俺の心臓を一段と大きく跳ねさせた。


 普段、趣味を除いて何事にも特別興味もなさそうに接するがゆえに何も考えずに行動できるあの碧が、今この瞬間、躊躇いを見せている。


 そんな姿が、いじらしくて、愛らしくて…………


「碧……お前、もしかして――」


 まだ何も言ってない。その先の言葉は言っていないのに、碧がどこか慌てたようにこちらに振り向いてきた。その黒い瞳を揺らして、それ以上言わないでと訴え掛けてくる。


 しかし、既に時遅し。


 俺の口は、その言葉を紡いでしまっていた。


「――照れてる、のか?」


「――っ!?」


 碧の瞳が驚きによって大きく見開かれ、何の感情からか、頬が赤く染まった――――

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