02 経験
日が暮れた頃、林の中の開けた場所に野営準備完了。
痛む身体を無理くり動かして準備を手伝ったのは、僕なりのプライド。
だったのですが、準備完了と同時にテントの中にばったり。
イリーシャさんが冒険者活動を始めてから愛用しているこのテントは、
特に『空間』付与などされていない、質素な標準型テント。
荷物を置いたらふたり寝られる程度のスペースしか無いのですが、
ちっちゃなイリーシャさんとひょろ男の僕なら、まあ、余裕。
魔導具『Gふなずし』の結界と警報システムは、モノカさんたちみんなの精力的な冒険者活動の情報が蓄積されてきたおかげで、
今では精度・信頼感共に開発当初とは比べ物にならないほどに成長し、警備の見張り要らずでの安眠を保障。
つまり、この旅の間は、イリーシャさんの隣で寝ちゃってるわけです。
なにも無いですよ、うっふんな展開とか、お色気ハプニングとか。
イリーシャさんはお姉さんポジションとしての矜持をきちんと守り、
僕はそれにしっかり応えるのみ。
うわついた気持ちに惑わされないことが、えっちっちハプニングを遠ざける秘訣。
カミス師匠直伝の心得を守る限り、きっと大丈夫。
「食事、とらねば保たないぞ」
ありがとうございます、いただきます。
夕食は、イリーシャさん手作りの煮込み料理。
僕の『収納』には、プリナさんのお弁当もまだまだいっぱい入っておりますが、
今回の旅はイリーシャさん主導であり、つまりは、敬意を表していただきます、なのです。
いえ、お味に文句などございません。
討伐組の積極的な冒険者活動の成果は、ちゃんと野営料理の出来栄えに表れているのですよ。
うめぇ
「煮込み料理の方は焼きものよりも上手に出来るようになったと思うのだが」
はい、みんなに自慢出来る美味しさですよ、これ。
「修練は必ず身を結ぶ、だな」
今の僕には、耳が痛いです。
「なぜ今回の旅では、サイリ殿の固有スキルによる付与の効果が安定しないのだろうか」
全く分かりません。
なんとなくですが、目的地に近付くほど効果が安定しなくなってるような気がします。
"筋肉痛軽減"とか、"疲労回復"とか、もうほとんど効き目が無くて。
そもそも、無茶する前に付与で対策しておけば、そういうのはゼロに出来るはずなのですが……
「まあ、今はこうなっているという事実があるのみ、だな」
「良い機会だから、皆と同じ冒険者活動というものを存分に楽しむと良かろう」
それはそうなのですが、スーミャの"霧化"索敵の代わりに僕の付与で『Gふなずし』の索敵を強化するっていう作戦だったわけで。
僕なんて、付与が当てにならないと、イリーシャさんにとってただのお荷物……
「サイリ殿は、今回の旅は楽しくないのだろうか」
いえ、すっごく大変だけど、めっちゃ楽しいですよ。
「なら、それで良かろう」
「どんな苦難も苦しみも、経験になればこっちのもの」
「帰ったらみんなに自慢しようではないか」
……そんなイケメンなイリーシャさんに、ご褒美を。
『収納』から取り出したのは、小さな包み。
「これは?」
出発直前にスーミャに持たされたモノですよ。
「……クッキー、だな」
なにやら台所で奮闘してましたから、その成果、ですね。
「…………美味い」
味わって食べてください。
記念に保存とかは、ナシですよ。
「…………」
泣くほど美味しいのですか。
「……やはり永久保存を」
甘々クッキーでした。