第九話
笑いものにされた三人は、激昂した。
先陣をきったのに嘲笑されては、たまらない。
「うぬぬっ。許せぬ!」
古市伊藤武者景綱は、腕に覚えがある。かつて伊勢鈴鹿の山賊団追討を命ぜられ、見事その頭目らを絡め捕った実績がある。
すかさず馬上弓をキリキリと引き絞り、為朝を狙って射た。
なにしろ大男なので的がデカい。狙い違わず為朝の真正面……と思いきや為朝はぱっと腕を振ると、袖で矢を払い飛ばしたのである。
景綱ら三人のみならず、清盛ら平家勢三百騎は皆、あんぐりと口を開け目を丸くした。
「まあ、肩慣らしにもならんけんが……冥土ン土産話ば授けてやろう」
為朝はお返しとばかりに、いきなり矢をつがえ弓を引く。
矢は、平家勢の誰しもが聞いたことのない異様な風切り音をたて、
「危ないっ!!」
と咄嗟に前に出て景綱をかばった伊藤六郎の、左胸に深々と刺さった。……いや鎧越しに背まで貫通した。
それどころか、矢はなおも飛び続け、その後方に居た伊藤五郎の鎧左側の袖に刺さったのである。
矢の貫通した六郎は、どうと落馬し頭から地に落ちた。
「六郎っ!」
悲痛な声を上げつつ五郎が駆け寄るも、六郎は既に絶命。
「何じゃこれは!」
同じく駆け寄る景綱に、五郎は自身の左袖から引き抜いた矢の先を見せた。鋼鉄の鏃が、有り得ない形にひしゃげている。しかもその衝撃で、鏃を固定している矢竹先端までもがバサバサに弾けているのである。
「ひい~っ」
主従は六郎の亡骸を放棄し、這々の体で為朝らの前から逃げ出した。
(なんじゃ此奴は……)
一部始終を目の当たりにした平家勢は尽く、ゾクゾクと背筋を凍らせた。為朝に、心底戦慄した。
(これぞまことの豪傑じゃ……。到底、敵わぬ)
清盛は一瞬でそう判断した。
敏い男である。
元々、どうしても手柄を立てる必要に迫られていた。なにしろ叔母が崇徳上皇の皇子・重仁親王の乳母である。また叔父の忠正が上皇方につき、今まさに南東の御門を警固している。
――平清盛は上皇方に通じておるのではあるまいか。
と周囲に疑われ、負い目となっていた。しかも、清盛を差し置き、武名に勝る源義朝が総大将に任命された。だからこそ尚更、目に見える功績が必要だったのである。
それゆえ、手兵の少ない鎮西八郎為朝こそが格好の獲物と思われた。幸い世間でも評判の男であるから、それを討ち取ったとあらば派手な手柄となる。
……と計算したのだが、早くも相手の実力の程を見せつけられた。
(見込み違いじゃった。とても敵わぬわい)
そう判断すれば、次の行動も早い。それこそが、保元平治の乱世を勝ち抜き、後にこの男をして、
――平家にあらずば人に非ず
とまで言われた隆盛を築かしむるのである。
「無理に此処を攻めずとも、門はまだ幾つもある。他所へ回れっ! 北じゃ北じゃ~っ」
と号令をかけ、さっさとその場を去ってしまった。
「なんじゃ……!? 平氏とは、聞きしに勝る腰抜け野郎揃いじゃのう」
残された為朝主従は、互いに顔を見合わせ呆れた。