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第七話

「そうじゃ! あ奴に官職をくれてやろう」

 左大臣頼長は、いまだ廊下にあって突如そう言い放った。

 同時に錯乱状態から立ち直り、無事正気を取り戻したようである。

「いかがでござろうか。征夷大将軍……いや、蔵人ならば」

 と、上皇に問うた。

「あの七尺男を蔵人にしてやれば、あ奴も忠義を尽くすでしょう。よろしいか」

「好きにせよ」

「されば……おいっ! 誰ぞ、直ちにあ奴を呼んで来い。これより除目(任官の儀式)を執り(おこの)う」

 頼長はそう騒ぎ、たまたま傍らにいた女官に命じて為朝を呼びに行かせた。

「八郎為朝様は、こちらに来られませぬ」

 程なく戻ってきた女官は、何故か赤い顔をしている。

「なんじゃと!? いちいち無礼な奴じゃ……。して、あ奴は何をしておった?」

「それが、その……御門の真正面、大路の真ん中で……その、既にちらほらと敵が寄せつつある中」

「うむ」

「その……お、放尿(おしし)を」

「はあ!? 何故じゃ!!」

「見ての通り、敵が来ておる。のうのうと官職なぞ頂戴しておる場合ではない。儀式なんざ、そっちで勝手にやればよい……とのお言葉にございます」

 女官は赤い顔のまま、丁寧に頭を下げると足早に立ち去った。

「なんじゃと!!」

 何たるたわけ(ゝゝゝ)、斯様に無礼千万極まる者の話など古今東西聞いたことがない……と憤慨する、頼長。

(いや、当然ではないか)

 と上皇は思うのである。その、初めて見せる頼長の醜態に、気付かされたことがある。

(ようよう考えてみれば、此奴……頼長こそが全ての元凶、疫病神ではないか)

 事ここに至りて、今更ながらそこに気付き、悔やむ。

 思えば藤原氏というのは、初代鎌足やその子の不比等以来五〇〇年、知能の高い一族である。

 頼長もまたその例に漏れず、若い内から知恵第一との呼び声が高かった。加えて学問もあった。

 その一方でこの一族からは、()()といったものが感じられない。頼長もまたしかりである。彼らの、もはや血筋としか言いようのない特徴が、

 ――理に(さと)いが利にも(さと)い点

 だろう。

 頼長は元々、跡継ぎの居ない兄・忠通の養子となり、院政期の藤原一族の苦境を二人三脚で乗り切ってきた。ところが忠通に男児が生まれると、手のひらを返すが如く疎外され始めたのである。

 これに黙っていられない頼長は、父や姉を巻き込んで壮絶な〝お家争い〟を繰り広げた。挙げ句、兄・忠通から〝一ノ長者〟――一族の長――の地位を奪ったのである。これで勝負は決したと思われた。

 が、忠通もタダでは引き下がらない。彼は後白河天皇に、

「崇徳上皇と我が弟・左大臣頼長が、天皇(みかど)に対し謀反を画策しているらしい」

 と吹き込み、頼長捕縛に踏み切らせた。ところが頼長はそれを事前に察し、逃げた。逃げた先が、新院・崇徳上皇の御所だった。

 つまり上皇にしてみれば、頼長はまさに〝疫病神〟である。温厚な性格ゆえ、いかに後白河天皇を妬ましく思いつつも謀反の意思などさらさら無い上皇としては、頼長が逃げ込んで来たせいで、

 ――やはり上皇に叛意あり

 とされ、気がつけばその首魁に祭り上げられてしまった。だからこそ今更ながら、

(此奴さえ居なければ……)

 と恨めしく思うのである。

 だが上皇は、まだ気付いていない。

 頼長が逃げ込んで来た時点で、自身の意思で頼長を捕え天皇方に突き出しておけば、このような事態には至らなかった。

 周囲に流されず、常にその時々で自身の意思を示しておけば、或いは全く異なる人生を歩んでいた筈なのである。

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