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第五話

 崇徳上皇は、先に述べたように苦労人である。

 即位も退位も曽祖父や父の都合で決められた。おまけに父・鳥羽上皇にいわば騙された形で、自ら院政を行う権利を奪われた。崇徳上皇は、そんな仕打ちに大人しく耐えた。

 そういった境遇や、それに順応せしめた控えめな性格が、この状況において悪い方に働いたと言えるかもしれない。

 上皇は、左大臣頼長のあの場の判断に、

(それはどうか!?)

 と感じつつも、異を唱えられなかった。頼長の顔を潰してまで、

「ちょっと待て」

 と自らの懸念を表明出来なかった。常日頃と同じく控えめであり過ぎた。

 対照的だったのが、その弟にして敵方たる、後白河天皇である。

 後白河天皇もまた、いわば日陰の存在に過ぎなかったが、兄の近衛天皇が若くして崩御したため、期せずして先程突如、御歳二九で皇位を継いだ。堂々たるご年齢で充分な思慮分別を持ち、慎重ながらも誰に気兼ねすることなく、率直にモノを言えた。

「朕は武に疎い」

 後白河天皇は御簾の奥より、真っ黒に日焼けしたその男に声をかけた。

 ――上総(かずさ)ノ御曹司

 と呼ばれ、関東にてその名を轟かせし河内源氏の豪傑、下野守義朝である。

 不器用ゆえ何度も官職を罷免され、先般とうとう検非違使職さえも剥奪された父・六条判官為義。一方その長男の義朝は、既に父を上回る従五位下・右馬助を得ている。

「武名高きそなたを、我が方の総大将に任ず。そなたに全て任すゆえ、何ぞ存念あらば申せ」

 皆も、異存はあるまい……と辺りを見回し念を押した。勿論、後白河天皇の鶴の一声に堂々と異を唱える者など、その場に存在しない。

 ははっ、と平伏した義朝、

「されば……」

 と提案したのが、皮肉な事に同刻、新院・崇徳上皇の仮御所である白河北殿にて、まさに弟の八郎為朝が読んだ通りの策だった。即ち夜襲である。

「よう解った。いかに我が方が優勢といえど、とにかく勝たねば話にならぬ。謀り事は全て、そなたに委ねる」

 天皇がすかさず御簾の奥からそう応えたため、その場に居並ぶ者、誰も異を唱えない。すんなり話が纏まった。

 早速、出陣の宣下がなされ、武士達は慌ただしく準備を始めた。夜半過ぎ丑の刻前にはそれらも整い、

「いざ!」

 と総大将義朝の号令で、御所の東方一里足らずの白河北殿に向け、おもむろに進軍し始めたのである。

 崇徳上皇は肝心な場面で一瞬の判断を躊躇ったがため、武名高き若武者の、夜襲の提言を却下する形となった。上皇は、あるいはその控えめな性格がため、長らく自身の発言権を失っていたのかもしれない。

 逆に後白河天皇は、名高き豪傑による夜襲の提言を、即座に受け入れた。両陣営の命運をわけたのは、崇徳上皇、後白河天皇それぞれのわずかな性格の差……だった。

 さて、その白河北殿。――

 左大臣頼長の判断を容れ、為朝の案を退けた事を、上皇は長々と悔やんでいた。

 あの、源氏の若武者の主張の方が正しかったのではないか。あの時すかさず、左大臣頼長に対し再考を促すべきではなかったのか。

「直ちに出陣のご決断をば!」

 御簾を通してこちらに投げかけられた、あの確信に満ちた若武者の眼差しが、なおも脳裏に焼き付いている。

(あの場においては、八郎為朝の進言をこそ容れるべきじゃった……)

 寝床に就いてからも、その思いが逡巡し続け、なかなか眠れない。

 それでも次第にうとうとし始めた頃、

 ――敵襲っ!! 天皇方の襲撃でござるっ!

 そう叫びつつ廊下を走り回る声を聞き、飛び起きた。動転し慌てふためきつつ、とにかく寝床脇に置いた烏帽子だけは被る。

(しもうた。やはり、()の若武者の言うた通りじゃ……)

 後悔、そして恐怖。膝がガクガクと慄えた。

 しっかりせねば……と自身に何度も言い聞かせつつ、寝間着のまま廊下に出てフラフラと彷徨っていると、同じく寝間着のまま彷徨っている左大臣頼長に出食わした。

「あわわわっ。敵襲じゃと!? あ奴の申す通りじゃったわ。大いに怒っておることじゃろうのう……。あ奴がヘソでも曲げてどこぞへ消えてしもうたら、我が方は総崩れじゃ。どうしたものか」

 先程の威厳はどこへやら、頭に何も被らず上皇以上に取り乱し、ブツブツと言葉を発しつつたちの悪い生霊のごとく廊下を徘徊しているではないか。

 どうやら、自身にとって不測の事態が生じれば、途端に狼狽える性分(たち)らしい。性根の据わっていない、いざという時に頼りにならぬ種の人間だったようである。

(何故、頼長(こやつ)の言に惑わされたのか……)

 もはや後悔しかない。上皇は、ともすれば絶望と恐怖のあまり膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に耐えた。しっかりせねば、と何度も自らに言い聞かせた。

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