表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/15

第一話

コテコテの歴史小説です。なるべく「タテ書き小説ネット」等を利用し、縦書きにてお読み下さい。


「タテ書き小説ネット」

https://pdfnovels.net/

 居並ぶ全ての者達が、その男の登場を、固唾を呑み待ち構えていた。

 ――世の安寧を妨げし無法者

 というのがつい数日前までの、その男に押されし烙印である。

 程なく何らかの罪状が示され、処罰される筈だった。今、ざっとこの場を見渡しても、その男の被害者が幾人か目につく。即ち西海道(九州)に荘園を持つ者達である。

 男は、弱冠一二歳の癖して〝鎮西総追捕使(ついぶし)〟を自称し好き勝手暴れ始め、以来わずか数年で九州全域を我がモノとしてしまった。

()の無法者を、どうにか致し給りたく」

 九州の荘園を奪われた者達が一斉に、朝廷に泣きついた。今から一年程前の話である。

 さすがに朝廷としても捨て置けず、男を京へと召喚するが、男は一向に応じない。再三召喚に失敗した後、朝廷はとうとう見せしめとして、男の父親の官位を剥奪した。これには男も衝撃を受けたらしく、慌てて三〇騎足らずの供を引き連れ上京してきた。

 その無法者が、程なくこの、(いくさ)の評定の場へと姿を現す。

「まあ何しろ、事ここに至らば、頼みとなるのは()の男のみであろう」

 近々罪人として裁かれる筈であったその無法者(ゝゝゝ)が、父親らと共に、我が方に戦力として加わったのである。迷惑極まりない存在でしかなかった男が、一転、強力な助っ人と化した。誰もが、

「どうやらこれで、我が方にも勝算が見えてきたわい」

 と胸を撫で下ろし、互いに小声で談笑し合っている。まるで通夜のような、昨日までの暗澹たる雰囲気から一変した。

(いやいやいや。まことにまことに、頼もしき者よ……)

 と、男に殊更期待を寄せるのは、他ならぬ、御簾の奥におわす崇徳上皇であった。

 上皇はその男の事を、しかと憶えている。

 何故なら数年前、まだその男が一一か一二の頃、謁見したからである。当時早くも、

 ――海道一の弓取りではあるまいか。

 と、世間はその男の噂で持ち切りだった。上皇周辺の者達も皆、噂に興味を抱き、その父親に命じて男を呼び寄せた。

 はたして上皇の目の前に現れし男は、少し前に元服を済ませたとは聞いているが、まだ頬の丸い色白の少年に過ぎなかった。その癖既に身の丈六尺はあり、大のおとな顔負けの豪快な体格であった事は、いまだに忘れようがない。

「此奴の元服に合わせて式の装束をば(こしら)えましたるところ、布地が一反ではまるで足りず、随分と(たこ)うついてしまいましたわ」

 わははは、と少年の父親は屈託なく笑った。

「我が源氏重代の鎧〝八龍〟を授けましたらば、これまた窮屈で着られませなんだ。やむを得ず此奴の体に合わせ、八龍そっくりの鎧を後日新たに拵えましてな」

 武家の棟梁として、息子の将来が心底楽しみなのだろう。だが、

「ふんっ。斯様な小童(こわっぱ)が、当代随一の弓取りであろうわけがない」

 当時傍らに居た少納言・信西という俗物が、訳知り顔に少年を貶し水をさした。それに反発した少年は、たちまち噂通りの豪快かつ巧みな武芸の腕を見せつけ、おまけに信西の度肝を抜き彼を無様に這い蹲らせたのである。

 内心、信西の存在を少々疎ましく感じていた上皇が、

(少年よ、良うやった)

 と心中密かに拍手した、あの日の出来事が懐かしい。

 信西らの手前、表立って少年を褒めるわけにもいかず、後にこっそり近習を通じ、自ら一筆したためた扇子を贈り讃えたものである。

 今や新院・崇德上皇は、ふと気付けば、後白河天皇方から、

「謀叛の意あり」

 と見做みなされ、今日明日にもその天皇方と戦が始まる……という状況に陥っている。

 当の上皇にしてみれば、まさに寝耳に水で、何の備えもなく全てが後手後手に回っている。そんな折も折、(くだん)の男が我が方に加わったというではないか。

(あの日の少年が、今や如何なる若武者に成長せし事やら……)

 御簾の奥にて心待ちにしていると、やがて廊下の向こうからドカドカと遠慮のない足音が響いてきた。そしていよいよ男が顔を現すか、とその足音を聴きつつ誰もが遥か下座に視線を向けた途端。――

 ごんっ、と鈍い音が屋内に響き渡った。

「ぅわ痛ぁ~っ!!」

 ゆうに七尺はあろうかという巨大な男が、ふすまの鴨居へ頭をしたたかに打ち付け、額をおさえてその場にうずくまった。

 一同、騒然となった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ