85.徹底的な特訓・その2
「有り余ってるって言うのはちょっと違うんじゃないっすかね?」
「ん?」
「だってほら、俺がさっきまで息切らしてたのにシャラードさんはピンピンしてるから」
だから体力はあんたの方があるんじゃないのか。
そう言うルギーレに対して、シャラードは半笑いになりながら「そりゃそうだろ」と返答する。
「言っておくけどなぁ、俺を始め軍人は毎日トレーニングしてんだよ。時には実戦を想定した激しい訓練だってやることもあんの。だからギルドランクがCの奴に負けるわけにゃいかねえんだよ」
持久力や体力に関しては、三十代も半ばに入った自分は確かにルギーレには分が悪いだろうと考えてはいる。
しかしそれでも自分よりも先に息を切らし始めたあの様子からすると、これも毎日のトレーニングのたまものだし、まだまだ負けていないとシャラードは自負する。
「まあ、今は俺のことよりもお前のことだろ。俺から提案する練習メニューは二つ。まずは正確なロングソードさばき。それとパワーはあるだろうがそれに頼った力任せではなく、ヒットアンドアウェイで相手の動きや攻撃を見極めるスタイルへ変えるんだ」
それを横で聞いていて、なるほど……とルディアが感心する。
事前の調査を怠らなかったパーティーメンバーとしての経験から、ルギーレは相手の力量を調べることに長けているのではないかと思ったからだ。
(でもそれを実践で活かせていないのが辛いところよね。戦略なんてあったもんじゃないし、戦術だって組み立てるのは苦手そうだし……応用が利かないって言うのかしら?)
だから目の前の敵にとにかく全力で挑む。
それはそれでスタイルとしてはありなのだが、これから先でどんな敵が出てくるかわからない以上、ルギーレにはもう少し考える力を持ってほしいというのはルディアも同感だった。
そんな彼女の目の前で、シャラードによるルギーレの特訓が始まった。
正確なロングソードさばきは、手近で見つけた大木にシャラードが槍で目印となる傷をつける。
そこに向かって突き、薙ぎ払い、振り下ろしなどをとにかく腕が上がらなくなるまでやるのだ。
「動きとしては、基本はできてんだからあとは正確さだよ。逆に言やぁ基本が出来てたって、敵に当たんねえんじゃただの空振りで終わっちまうからな」
そして空振りは、敵に対して大きな隙を与えてしまう。それが致命傷につながることだって十分あり得るのだ。
シャラードの「よし」という号令があるまでひたすらルギーレはレイグラードを振り続ける。それこそ、大木の太くて硬い幹が削られてやせ細るまで、何度も何度も降り続けてその爪痕を残していく。
十回……五十回……百回……そして数える余裕もなくなり、腕に乳酸がたまり、汗もびっしょりかいてゼエハアと息を切らすルギーレだが、まだシャラードからの号令はかからない。
「はぁっ、はあっ……あ、あとどれくらいですか……?」
「まだだよ、まだ」
「く……くそ……まだ……」
さすがに自分でもこんなにロングソードをふるい続けたことはなかった。
すでに疲れて腕も上がりにくくなっているし、気が付いてみれば大木についている傷もシャラードがつけた目標の傷からはだんだんと離れていっている。
しかし、ルギーレにはそんなことを考える余裕もなく、ただレイグラードを振るうことだけに意識がいっているのみだった。
「……よし、こんなもんだろ」
「くっ……う……」
号令がかかった時にはレイグラードを振り続けてすでに五百回が経過しており、ルギーレの腕も足ももう限界であった。
着ている黄色いコートの中の身体は灼熱地獄かと思うほど暑く、ルギーレはコートを脱ごうとしたのだが……。
「う……あ、だめだ……腕が……」
「さすがに最初からは無理があったか。それじゃ今日はここまでにすっか」
もはやコートを脱ぐ気力も体力もないルギーレを見て、シャラードはルディアの方に目を向ける。
「おじょーちゃん、キャンプの準備すっぞ。そろそろ日が暮れてきたし、続きはまた明日別の村か町に行った後にすっぞ」
「はーい、わかりました」
ルディアはルギーレが特訓をしている間、このバーレンの地図を見てどこの町や村に行けばいいかをいろいろと考えていたのだった。
更には町や村だけではなく、目撃情報が得られなかった場合にあのワイバーンの連中がどこに身を隠すかも計算していた。
そしてそれをキャンプの時に、シャラードとルギーレに発表する。
「何か所か町とか村をピックアップしたんですけど、もしかしたら洞窟とか森の中とかに潜伏している可能性もありますね」
「そうだな。でもワイバーンと一緒にいられる場所っつったら限られてくるだろうから、聞き込みを続けて行き先を絞るのは難しくねえかもな」
「それでも見つからなかったら、この国にはもういねえとかって話にもなるんじゃないですかね、シャラードさん」
「ああ。そこが厄介なんだよなぁ……」
ともかく、今は聞き込みを続けるしかないと考えているシャラードはバリバリと頭をかいて悩むしかなかった。




