80.真の姿
『……というわけで、これが某の本当の姿だ』
「おお……」
人間たちは絶句した。
その人間たちの目の前で医者が指を弾いた途端、彼の身体が激しく光りだした。
そして光の中で医者のシルエットが少しずつ変化して大きくなっていき、気が付くと目の前に鎮座しているドラゴンの姿があったからだ。
頭までの高さは成人男性でおよそ三人分。身体全体の長さは尻尾を最大に伸ばしておよそ十人分。
一般的に見ることができる魔物としてのドラゴンより、二回りほど大きな計算になる。
だが、それよりも気になるのはドラゴンの首からぶら下がっている大きな小麦色の袋だった。
「首のそれには何が入っているんだ?」
『これは薬だ。後で使うからいずれわかるだろう』
また、ドラゴンの姿になった医者からあの話についてもきちんと説明をしなければならない。
『そうだ、ルディア。また合体できるか?』
「え?」
『ほら、見せておかなければならないだろう。あのことについて疑問を持たれたままにされても寝覚めが悪い』
「ああ、そう……ですね。それじゃあ……」
秘密にしておくつもりだったのに、結局バラすことになってしまったあの姿。
それはまず、ドラゴンの腹の部分にルディアが立つ。
次にドラゴンが少し伏せて自分の腹の部分に彼女を触れさせれば、その瞬間またもや身体が光り出した。
ルディアも巻き込まれてそのままシルエットが変化していき、光が収まった時にはルザロが窓の外に見たあのシルエットのドラゴンになっていた。
「あ……こ、これです陛下! 俺が見たドラゴンはこれです!」
『これが融合のスキルだ。まあ、あまり使うものではないがな』
「うん……確かにちょっと気持ち悪いわね」
一匹のドラゴンから男と女の声が聞こえるのは、確かに気持ち悪い気がする。
そんな状態の融合を解除するべくまた光を発して、ルディアがドラゴンの目の前に本来の姿を現したのだった。
そして、このドラゴンが今まで普通に人間の姿をしていたということでふと思い当たる節があったのを、皇帝のセヴィストが思い出した。
「……まさか……あなたはまさか、歴史書に書かれているあの、人間の姿になれるドラゴン……ですか!?」
『まぁ、黙っていてもいずれはバレるだろうから今ここでそれを認めるとしよう』
「は……っ」
さっきまでどこか人を見下したような態度だったセヴィストを始め、周囲の人間たちの空気が一変する。
もちろんルギーレもルディアもそれは同じだ。
なぜなら、伝説の生き物としてしか今まで周知されていなかったそのドラゴンが今、自分たちの目の前にいるのだから。
それを認識したセヴィストが、真っ先に地面にスッと片膝をついて良く通る声で言った。
「……先ほどは無礼な態度を失礼いたしました。どうか、お許しくださいませ」
「陛下!?」
「このお方は間違いない。我らが住むこのヘルヴァナールという世界そのものを守ってくださっている、世界の守護竜様だ」
「せ、世界の守護竜……!!」
ルディアも絶句する。
目の前にいるのがあの世界の守護竜だとすれば、今の人生の中でそんな偉大な存在に出会えるとは思ってもみなかったからだ。
セヴィストに続き、彼女もまた灰色のドラゴンの目の前に跪いた。
「守護竜様、お会いできて光栄です。私はヴィーンラディからやってまいりましたルディアと申します」
『ああ、知ってる。それから別にそなたたちの今までのことは気にしていないからまずは立ってくれ。そしてきちんとこれからの話をしよう』
もしこの光景を他の騎士団員たちに見られてしまったら、それこそ話がどんどん広まってしまう。
そう考えた灰色のドラゴンは、首からぶら下がっている大きな袋を一旦地面に置き、その中から何かを器用に口で取り出した。
それは紫色の液体がなみなみと入っているビンであり、ドラゴンは何の迷いもなくそのビンを口の中に入れて丸飲みしてしまった。
するとまたその身体が光り出し、シルエットが人間の姿に戻ったのである。
ルギーレとルディアが最初に出会った時と同じ、医者として活動する人間の姿に。
『……よし、これでまた怪しまれずに移動ができるな。それでは執務室に戻ろうか』
「は、はい……」
目の前で次々に起こる未知の事態に人間たちは混乱しつつも、まずはこの医者の話を聞くべく彼の言う通り執務室に戻った。




