79.ドッキング
「あ、はい?」
「……おっと、それじゃあ某は帰るとするぞ」
「ええ、よろしく」
そう言ってそそくさと退散しようとする医者だったが、ここで予想外の事態が起きる。
医者が飛び降りようとしたその視線の先には、ギラリと光る槍の先端があった。
「帰らせはしねえよ」
「え……」
「ちょうど下を通りかかったら、まさか城に忍び込むような男がいるのが見えたもんでなあ? いくらこの人と顔見知りだからってちょっとやりすぎなんじゃねえのかな?」
窓の外から医者に槍を突き付けているのは、医者にとっては顔見知りではあるもののルディアにとっては初対面の大柄な男だった。
しかも三階部分にあるこの場所まで上ってきているのに、全身部分がまんべんなく傷だらけの白い甲冑を厳重に着込んでいるその姿は、さながら戦場から帰ってきたばかりの戦士を想像させる。
その気迫に対して、医者はというと……。
「それはわかっている。だからもう某は帰るからそこをどいてくれないか」
「だから帰さねえって言ってんだろーが。それにほらお嬢ちゃん、ドアの向こうのお客さんをちゃんと迎えてやらなきゃいけねえだろ?」
「お、お嬢ちゃん……」
馴れ馴れしくそう呼ばれたことでルディアはムッとするものの、それよりも気になるのが男の容姿であった。
青い髪の毛、そして大柄な体に黒い槍を持っているその姿、それはまさしく……。
(あれ、この人ってもしかして私が夢の中で見た……?)
ティハーンとともに西の町に向かっている間に、列車の中で見た夢の中で出てきた人間にそっくりなのだ。
いや、この男以外にその人物とマッチする人間なんて今まで見たことがなかった。
「あの……その前にあなたってもしかして……シャラードさん?」
「おろ? 俺のこと知ってんのかよ?」
「ええ、まあ……」
「そりゃ嬉しいねえ。でもほら、ドアの方もやってやれよ」
「ああ、はい」
あの予知夢で見た男かもしれないという思いにふけっていたルディアは、シャラードのその言葉に我に返ってコンコンとノックされ続けるドアに向かって声をかけた。
「はい、どなたですか?」
「俺だよ、ルギーレだよ」
「え……あ、ルギーレ?」
彼がようやくこの城に戻ってきたのだと判明し、ドアを開けて迎え入れるルディアだったが、その彼の他にもう一人別の影がある事に気が付いた。
「あ、あれ……カルソン様?」
「私もお邪魔しますよ。それと……今までの会話はほとんど聞かせていただきました。いろいろと説明をしていただきたいですね」
「え、あ……!?」
ルギーレと一緒にこの部屋にやってきたカルソンの言葉で、全てを察したルディア。
そう、彼女は医者との会話をシャラードとカルソン、そしてルギーレに聞かれてしまっていたのだった。
医者もこの状況では逃げ出すことができない。
いや、逃げ出そうと思えば素早く逃げ出せるのだが、さすがに人間たちに迷惑がかかる方法で逃げ出せるわけもなかったのだ。
結局、この来訪者三人に今までの経緯やこの医者が何者なのかを説明しなければならなくなった。
とにかくまずはドッキングの話からであるとともに、シャラードは自分が帰還したことをセヴィストやルザロに報告しなければならないので、全員一緒に皇帝の執務室へと向かうことになった。
◇
「……んで? あんたがドラゴンだって言うのを証明することはできるのか?」
「まあ、ここより広い場所だったらできるけど」
執務室の椅子に座り、いかにも胡散臭い……という目で医者を見ている皇帝セヴィスト。
対する医者とルディアは、西の町からどうしてここまで早く着いたのかということを説明させられていた。
そして彼の正体がドラゴンだということも、ルディアがヴィーンラディの預言者であることもすべてをぶちまけなければならなくなったのだが、人間がドラゴンに変身するなんてことは今まで見たことも聞いたこともない。
つまり、当事者であるルディアと医者以外はセヴィストと同じく、到底信じられない気持ちでいっぱいだった。
「広い場所か。それだったら屋外の鍛錬場があるがそこに行くか?」
「それはそれで構わないが、できれば某のことはなるべく秘密にしていてもらえないだろうか」
「ああ、わかった。人払いをさせてもらおう」
執務室から出た一行は、ルザロとシャラードの先導で執務室へと向かう。
しかし、ルディアはこの自分の前を歩いているシャラードがあの夢の中で見た同一人物なのかを聞くチャンスを逃がしていたままだった。
(こっちだって秘密を暴露したんだし、ちゃんと聞くところは聞いておかないと……)
もし彼が、あの黒ずくめの男たちとつながりがなければそれでいい。
しかし、もしつながりがあったとしたらそれは……。
聞くにしてもしらばっくれられたら詰むので、できれば医者と……いや、灰色のドラゴンと一緒に聞くしかなさそうだった。




