608.全身全霊
『こっちはできたぞ!!』
『某のほうも後少しだ!!』
新たにやってきていた獣人たちを蹴散らして、再び大木城の地下へとやってきたセルフォンとアサドールは、地下三階にある研究室で必死に薬の調合をしていた。
ドラゴンの血から作ることのできるそれは、あらかじめ保存してあった血を使って素早くいろいろな材料と合成していく。全ては後ろのテーブルの上に寝かせて横たわっているルギーレの目を覚ますために。
そして上で暴れ回っている、ディルクとレイグラードのコンビを倒すために。
『でも、本当にこれで上手く行くのか!?』
『上手くいってくれなければ吾輩たちが困るだろう!! あの男を止めるためにも、そしてルギーレの意識を取り戻すためには絶対にこの薬の調合を成功させねばならんのだからな!!』
そのために、戦力が減ってしまうのを承知の上でアサドールはセルフォンを連れてここまでやってきたのだから、今さらああだこうだといっても仕方がない。
それよりも自分たちの技術と知識、そして今までの実績を全て注ぎ込んでこれを作ることによって、防戦一方となっているであろう上での戦いから、この世界の未来がかかっている戦いに持ち込めるか否かの瀬戸際なのだ。
『……よし、これでこちらの調合は終了だ!!』
『よこせ!!』
半ばひったくるようにして、アサドールはセルフォンの手からいろいろな素材や薬品を調合した紫色の液体が注がれている、ガラス製のカップを受け取った。
いつまた獣人たちが、異世界と繋がっていると言われている地下の穴から出てくるかわからないこの状況では、否が応でも緊張感が高まっていく。
『これをこの分量で……』
『ん!?』
『……どうしたセルフォン?』
何かに気がついた様子のセルフォンにアサドールも気がついたことで、下の階や上の階からまたもや獣人たちがやってきたことがわかった。
しかし薬の調合をしているアサドールは手が離せないため、ここはセルフォンが研究室の外に出て扉を閉め、向かってくる獣人たちに彼一人で応戦するしかなくなってしまったようである。
『まだ某たちの邪魔をするつもりなら、死にたい奴からかかってくるといい。命が惜しければ退くんだなっ!!』
この城の中ではスペースの関係上、本来のドラゴンの姿で相手はできないものの、それでも普通の人間に比べて規格外の力の強さは大きな武器となる。
『むん!!』
「うわあああっ!!」
「ひゃああっ!?」
鞘から引き抜かないままのロングソードを一振りするだけでも、まるで風に吹かれた木の葉のように獣人たちが吹き飛ばされていく。
元々のドラゴンそのものの力の強さだけではなく、そこに自分の風属性の魔力を乗せた衝撃波を飛ばしているだけあって、セルフォンは自分に誰も近づけないようにするべく多人数を相手に奮戦する。
【あの薬を作るのはもう少し時間がかかるし、しかも某たちはあれだけ純度の高い物を作るのは初めてだから、時間がかかるのは仕方がない!!】
ルギーレはまだ意識が戻らないままなのだろうか。
扉を閉めてしまっているために研究室の中の状況はわからないままなのだが、今は学者のアサドールを信じるしかなかった。
だがそんな孤軍奮闘するセルフォンの目の前に、獣人たちは恐ろしい兵器を持ち出してきたのである。
『……?』
フォン、フォンという聞きなれない、風が岩壁に反響しているような音が聞こえってくる。
その音はだんだんと自分の方に近づいてくるのがわかったので、もしかすると自分と戦っている獣人たちが不利を悟って何かしらの増援を呼んだのだろうか?
そう考えているセルフォンの目の前に、眩い光を発している物体が現れたのはそれから二十秒後のことだった。
【何だあれは……馬……ではないな?】
しかし、よく見てみるとその物体の上には人間か獣人のどちらかがまたがっているのが見えるので、もしかしたら馬のような移動手段なのだろうと推測はできる。
フォン、フォンという音もどうやらその物体が発しているものらしく、乗り手の右手がグイグイと手前に動いては戻るのを繰り返しているのを見る限り、その手の動きで奇妙な音を発しているらしい。
大きさとしては馬よりも四回りほど小型で、黒い胴体にこれまた黒い車輪が剥き出しになっている状態で取り付けられているのを見る限りでは、それを使って自分の方にこれから突進してくるのだろうとセルフォンは推測できた。
その推測は当たっており、奇妙な音が方向に変わるとともに一気に鉄の馬が突進してきたのである!!




