603.ルギーレの作戦
「……いや、それって本気で言っているのか!?」
『俺は本気だ。イークヴェスとも話し合って決めたことなんだ。そうでもしないとあいつは止められない!!』
屋上のルギーレから魔術通信を受けている地下のエリアスたち。
その内容は、ルギーレが戦闘機を引き付けて倒すために魔力砲の準備をしておいてほしいとのことであった。
それだけならもうすでに発射準備が整うほど進められていたのだが、問題はその先で伝えられたルギーレの作戦の内容だった。
「でも、それじゃルギーレまで死んじゃうじゃないのよ!!」
『そんなこと言ってる場合か!! あいつと一緒にでもこうしないとこの世界はあいつの思い通りになってしまう!!』
ルギーレはニルスの乗る戦闘機とやらを自分が引き付けるので、自分ごと砲撃して欲しいとの要請をしてきたのだ。
だが、流石にこの都ほどの広さの町まで一気に消し去れるほどの威力を持つ魔力砲をルギーレを巻き添えにしてまで撃とうとは、エリアスだけでなくそれを近くで聞いているルディアたちも躊躇してしまう。
そんな彼女たちの戸惑いを汲み取って、ルギーレは幾分か穏やかな口調になった。
『……みんなの気持ちもわかるが……俺たちはニルスとディルクを倒すためにここまで来たんだぞ』
「でも……!!」
『心配するな。俺はこんな攻撃じゃ死なない』
「何言ってんのよ、死ぬに決まってるじゃないのよ!!」
『いいからやってくれ。そうしないとあいつを止められない』
「あ、ちょっ……!?」
エリアスがまだこれ以上何かを言おうとする前に、ルギーレは通信を切ってしまった。
とりあえず今の内容を聞いていた一行は、揃いも揃って絶望的な表情を浮かべる。
『そ、それって自分まで犠牲になるってことかよ!?』
『そういうことだろうな。そうしてまであのニルスを止める覚悟があるということなのだろう』
『でも、それやったとしたらルギーレは……』
セバクターとともに地下に集まったエルヴェダーもグラルバルトもシュヴィリスも、ルギーレが何をしようとしているのかを察して焦りの色をその顔に浮かべる。
だが、それについてアサドールだけは妙に涼しい顔をしてこう言い放った。
『丁度いいんじゃないか、それで』
「……ねえ、丁度いいって何なのよ!? あなたルギーレを何だと思ってるわけ!?」
アサドールのその言葉に反応したルディアがツカツカと彼に歩み寄り、両手でその胸倉をグイッと掴み上げる。
いつもの丁寧な口調もなくなっている彼女だが、それでもアサドールは非常に落ち着いたままだ。
それについては彼なりの確信があるらしい。
『ルギーレだからこそだろう、この作戦ができるって考えたのは』
「あのねえ、ルギーレが死んじゃうかもしれないのよ!?」
『でもそうしなければならないのはお主たちもわかっているはずだ。それに吾輩だって、何も考えずにこんなことを言ってるんじゃない!!」
そう言いながら、アサドールは魔力砲を撃つ予定の天井を見上げる。
そこから天井を突き抜けた先の空では、エターナルソードによって四つの足枷全てを破壊されたイークヴェスが自由の身となってルギーレを背中に乗せ、空中で戦闘機と激しい戦いを繰り広げていた。
それを見たアサドールは指を弾いてドラゴンの姿に戻り、大きく開いた天井から一気に空へと飛び立っていく。
一体何をするつもりなのだろうか?
『魔術で援護したいのだが、魔力を吸い取られていたからそれはできん。それよりも余を使ってそんな作戦をやるなら、それなりの覚悟はできているのだろうな?』
「もちろんだ。だからこうして背中に乗っけてもらっているんだからな」
その一方でルギーレはレイグラードとエターナルソードをそれぞれ片手に、激しく動くイークヴェスから振り落とされないようにしながら戦闘機の位置を把握する。
向こうもちょこまかと動き回っているので非常に狙いを定めにくいのだが、だからといって諦めるわけにはいかない。
そう考えていた時、イークヴェスが下の異変に気がついた。
『あれは……アサドール? 何をするつもりだ?』
「俺たちに下のことを伝えにきたんじゃねえのか?」
下から上へと向かってくる緑色の巨体。
そのドラゴンは黒いドラゴンとすれ違う時に、左前足で器用に掴んでいるある物体をルギーレに向かって投げる。
『これがないとお主は死んでしまうだろう。下は魔力砲の発射準備ができたようだ』
「恩にきるぜ。それじゃいっちょやってくっからよ。頼むぞイークヴェス!!」
緑のドラゴンが離れていくのを見送るルギーレの指示に従って、イークヴェスは一気に戦闘機に対して背を向けて地上に向かって降下していく。
(逃げる気か……そうはさせませんよ!!)
不利を悟ったのか、それとも地上戦に持ち込もうとしているのか。
いずれにしてもルギーレたちを逃がすまいと、ニルスは機体を操縦してイークヴェスの黒い大きな身体を追いかけていく。
それを魔力砲を起動して、地上へと大きな昇降装置で運び出した地上部隊も肉眼で目に見えるほどに距離が縮まってきた。
「よーし……よし、見えるよ!!」
『慎重にね!!』
エリアスが魔力砲の砲身の根元に取り付けられた照準を覗き込み、空を飛ぶ黒と銀の飛行物体に狙いを定める。
その飛行物体たちは激しくぶつかり合っているが、一瞬の隙をついて黒いドラゴンが銀色の鳥に覆い被さった。
「よし……魔力砲、発射!!」
『うん!!』
エリアスの指示を受けたシュヴィリスが、壁に取り付けられている両腕を目一杯広げたほどの大きな赤いボタンに、自分の身体を使って体当たりを仕掛ける。
その瞬間、魔力砲の砲口に黒い光が集まり……。
「うわっ!!」
発射の反動で思わず吹っ飛ばされるエリアスの目の前で、一本の線となった黒いドラゴンの魔力エネルギーが大空の飛行物体目掛けて飛んでいった。




