57.何でも知っている男
「その連中の居場所だったら、この帝都の東に向かった所にある鉱山をねぐらにしているぞ」
「わかるんですか?」
「ああ、某は何でもわかるからな」
自信満々にそういう、ルギーレをあっという間に組み伏せてしまったあの医者。
その瞳には一分の迷いも見られないことから、彼が嘘を言っていないことが見て取れる。
どうしてこの男はここまで知っているのだろうか? 騎士団でもつかめていない情報を自信たっぷりにそう言い切れるだけの情報網があるとしか思えない二人は、思わず同時に口を開いていた。
「何で知って……あ?」
「どうしてわかる……え?」
「あ、いいわよルギーレ。聞いてよ」
「いや、ルディアが聞いちゃえよこうなったら」
「それよりも某が答えた方が早いだろう。どうやらそなたたちが聞きたいことは同じらしいからな。某は確かに何でも知っている。だが、それは非公式なルートだから詳しくは教えられない」
妙なものの言い方をする医者の男に、ルギーレの顔が曇った。
「非公式? まさかあんた、俺の孤児院を襲ったってそいつらとつながりがあったりするんじゃねえだろうな?」
「それはない。そもそも某はここでずっと医者として働いているのだからな。そんなくだらない連中に付き合っているだけの時間はない」
それもそうかと納得はするのだが、でも国が知らないような情報を知っているこの男の素性はやっぱり気になる。
医者として働いているというのも本当は嘘なのではないか?
ますますいぶかしげな目つきで男を見る二人に対して、見られている男の方はふんと鼻を鳴らした。
「まあ、信じるか信じないかはそなたたち次第だ。とりあえずその連中についての話の続きだ。正確には東にある鉱山跡だ。そこは昔に落盤事故が起こって閉鎖されてしまったんだが、いつの間にか根無し草たちが住み着くようになってしまった。そこに奴らがいるぞ」
「鉱山跡……ああ、落盤事故なら俺も聞いたことがある。確か二十年とか十五年前ぐらいの話だろ?」
その昔、落盤事故が起こったことによって多数の人間たちが生き埋めになってしまったのは帝都でも大きく報じられ、ルギーレも話を耳にしたことがあった。
「ちなみにルディアは、その落盤事故を予知夢で見たことはなかったのか?」
「ううん、それは見たことがないわね。それよりも話の中で気になるのが、どうしてその連中がルギーレの孤児院を襲ったのかってことよ」
この男ならもしかすると、その連中の考えていることもわかるかもしれない。
しかし、目の前の医者は首を横に振った。
「すまないが、某は人間の行動はつかめても心を読むのはさすがに無理だ。人間の考えることなんて千差万別だしな」
「そこはわからねえのかよ」
「ああ。だが、居場所は今言ったとおりだ。人数はおよそ三十人で、そのうちの何割かはこの国の貴族たちも含まれている」
「貴族……ああ、そういえば孤児院のシスターから聞きましたよ。貴族みたいな服装をした人間にも襲われたって」
なんにせよ、かなり重要な情報をもらったルギーレとルディアはさっそくそこに向かおうとしたのだが、その前に医者の男から呼び止められた。
「あ、ちょっと待ってくれ」
「何ですか?」
「そなたたちがその鉱山跡に行くのであれば、ついでにその周辺に生息している大きな紫色のトカゲから鱗を取ってきてくれないか?」
「鱗? 何に使うんだよ」
「薬の調合に使う予定だったのだが、あいにく切らしてしまってな。取りに行くのにはここを留守にしないといけないから、情報提供料の代わりだと思って頼む」
「まぁ、それぐらいなら全然構わねえけどさ。そんじゃサンキューな、おっさん!!」
もはや最初の態度はどこへやらという、ルギーレの馴れ馴れしい態度に医者は苦笑いを浮かべつつ、またポツリと誰にも聞こえないようにこう呟いた。
「おっさんか。そなたたち人間からすると、それがしの年齢はおじいさんをはるかに超えた年齢なのだがな……」
ルギーレとルディアを見送って部屋に戻ったその医者だが、ちょうど机の上に置いてある魔晶石が光っているのを発見したので、魔術通信を開始する。
「はい?」
『よう、俺様だけどさ……』
「ああ、何だそなたか。この前に受けたって言っていた背中の矢の傷はどうなんだ?」
『あれだったら問題ねえよ。それよりもお前んところからレイグラードの気配がするんだけどよぉ、誰か持ってってねえか?』
「ああ、それだったら今しがた……」
それは医者の知り合いの男からの連絡だった。そしてこの男はレイグラードのありかを探し求めている。
別に隠していてもすぐにバレてしまうことでもあるので、医者はルギーレとルディアのことを長々と説明した。
「……というわけでな、その男が持ち歩いているんだ」
『はっはぁ、ルヴィバーの野郎の再来って感じか。そいつぁー興味深いねえ。だったら奪い返しに行くのはやめて、しばらく高みの見物とさせてもらいますか』
「そうしてくれ。そなたが出るとややこしいことになりそうだからな」
『りょーかいりょーかい、それじゃ』
そこで通話は切れたのだが、医者が使っている灰色の魔晶石はなぜか砕け散ることもなくそのまま断続的に通信に使用可能だった……。




