588.八十階には?
その暴発を狙ったニルスの自爆装置を何とか止めた地下潜入部隊が安堵の表情を浮かべているそのころ、上に向かって進んでいるルギーレたちは後から合流したタリヴァルとシュヴィリスも含めて、多数の獣人たちと戦いを繰り広げている真っ最中だった。
それも今まで魔力を感じていなかった上の方から突如魔力を纏いながら現れた獣人たちだったので、ルギーレたちが驚くのも無理はない状況である。
「くっ、これではなかなか先に進めないぞ!!」
「どこからこんなに……しかも揃いも揃って目に光がないとは不気味です」
ルギーレもルディアも、獣人たちの目に光がないことに恐怖心を覚えながらも戦い続ける。
獣人たちの戦い方については、その獣人たちの頭部や足などを見ることによって動物の種類をまず判断し、どんな攻撃をしてくるのかをある程度予想できるまでに成長していた。
だが、倒しても倒しても獣人たちが次から次に上から降りてくるのでキリがない。
「くっそぉ、お前ら揃いも揃ってしつけえんだよ!!」
階段の途中で襲いかかられたこともあって、ルギーレはその飛びかかってきたトラ獣人を勢いのままに階段の下に向かって投げ捨てる。
そしてルディアはエターナルソードと魔術を駆使して戦うものの、やはりその獣人たちの多さに辟易していた。
「仕方がない、ある程度は無視して進みましょう!!」
「そうだな」
さすがにエターナルソードといえども限界はあるかもしれないので、その限界を迎える前にルギーレたちは階段の上に向かって突き進んでいく。
雑魚に構わずに進むこともまた立派な戦術の一つだが、ちょっと強い雑魚ばかり出てくると妙にイライラしてくるのはきっと気のせいではないのだろう。
それでも群がってくる敵たちを適当に相手しつつ進んでいけば、ようやく八十階の扉が見えた。
「はあ……はあ……ようやく八十階か……」
『さすがに体力的に厳しいものがあるねえ』
『お前は鍛えなさすぎなんだよ』
ルギーレもシュヴィリスも疲れているものの、ドラゴンとして何千年もの時を生きて大自然の中を飛び回ってきたエルヴェダーにとっては、まだ体力の限界には辿り着いていないらしい。
シュヴィリスは外に出るのが嫌いな引きこもり体質なだけあり、ルギーレたち人間と同じぐらいの体力しかないのが欠点だった。
しかしエルヴェダーはそんな二名に構わず、八十階へと続く階段上のドアを蹴り破る。
『……オラッ!!』
「ちょ、ちょっと待て……」
『えっ?』
後先考えないこの赤いドラゴンの行動に、この扉の先の状況も確かめずに一体何をしてくれているんだとルギーレもシュヴィリスも考えたものの、扉の先の光景は驚くべきものだった。
「あれ、せ、狭い……?」
「いや、ここはただの通路ではないのですか?」
『そーだよ。ここはただの通路なんだよ。だから蹴り開けても今は何の問題もねえの』
それにエルヴェダーは扉の先の様子を窺いながら蹴り開けたと証言しているので、やるべきことはきちんとやってくれる性格のようである。
そしてエルヴェダーはズンズンと奥に向かって進みながら、シュヴィリスに対してこんな一言を。
『シュヴィリスは引きこもりがちでよぉ、ここに来ることも滅多になかったからこの城の構造自体を忘れてたんだろ?』
『ま、まぁ……それは……』
「とりあえずよかったではないですか。敵の姿も今は見当たらないみたいですし、一旦休憩しませんか?」
『そーすっか』
急ぎたい気持ちはあれど、休息も大事な戦術の一つ。
ここに来るまでに戦い続け、一気に上ってきたこともあっていくら鍛えている人間たちであってもさすがに疲労の色が見え始めていた。
なのでここで休憩するとしても、これから上のことについてきちんとドラゴンたちに聞いておかなければならないのでその時間でもあるのだ。
『まず、ここから上の階層は前に伝えた通り上流階級の人間たちが住んでいた場所になる。といってもニルスやディルクに占拠されている以上、今でも住んでいるとは到底思えないがな』
その上流階級の人間たちが住んでいるとなれば、当然防犯意識も高いものになるらしい。
侵入者対策に一撃で即死する罠を仕掛けていたり、正規の手順を踏まなければ開かない扉があり、一定回数その手順を間違えれば足元の床が開いて真っ逆さまに落とされるような場所もあるのだとか。
その話を聞いていて、思わずルギーレが自分の本心を呟いた。
「こんな上階層で防犯も何もねえだろうよ……ドラゴンとかの侵入対策とかならわかるけどよぉ」
『それが意外とそういうところにも気を配らなければならないみたいだぞ。人間たちの妬みなどで、低階層の住民が高階層の住民の資産を狙って忍び込むとかもあり得るらしいからな』
「お、おう……」
どこの世界でも人間の感情というものは変わらないらしい。
そんな欲望が渦巻いていた、危険だらけの階層に向かって進み始めた一行だったが、それをニルスやディルクが黙って見逃すはずはなかったのである。




