570.それぞれの思惑
『くそー、魔術で吹っ飛ばせない霧だからなあ……』
『確かにそうだねえ。これは地下にある装置が島の様々な場所にある噴射口から出している霧だから、魔術では到底飛ばしきれないね』
噴射口の数は少なく見積もっても、何と一万個以上あるのだという。
それだけの場所から出ているとなれば確かに霧は吹っ飛ばせないし、突然目の前に敵の鳥人たちを始めワイバーンやドラゴンが現れて緊急回避をするという展開も、何度もこの戦いの中で経験している空中部隊のメンバーたち。
敵も味方もこの濃い霧に悩まされている中で、最初に大木城へとたどり着いたのはエルヴェダーだった。
「よし、あれだな!!」
『展望台は……もうちょっと上だったな』
周囲を一周するのに人間が歩いてもゆうに一時間はかかるだろう、といえるぐらいの太さを持っている大木城。
その中間地点にある展望台の窓ガラスを割って強行突破を試みるエルヴェダーとセバクターだったが、ここで新たな問題が襲いかかってくる。
「でもさ……これをどうやって壊すんだ? 体当たりか?」
『そのつもりなんだが……実はこのガラスはちょっとやそっとじゃ割れねえように特別な材質で強化してあるんだよ』
「えっ……それじゃどうやってあの中に入ればいい?」
ガラスを割れないのであれば突入も何もないだろうとセバクターがいうものの、エルヴェダーは少しだけ考えてあることを思いついた。
『そうだ、前にお前が使ったって必殺技があっただろ!!』
「それってもしかして、ファイナルカイザースラッシャーのことか?」
『ああ、それを使うんだ。まずは窓に向かって俺様が火炎放射で窓を少し焼く。そして熱で弱ったその部分めがけて必殺技を使って、一気に窓をブチ破って突っ込むんだ!』
「そりゃ理屈はわかるけど……できるか……?」
しかしこういうことはやってみないとわからない。
なんせ、エルヴェダーだって今思いついただけの作戦なのだから。
しかもそのドラゴンたちが侵入しようとしてきているのを、当然あの男たちが知らないわけがなかった。
「いよいよか……六色のドラゴンが揃い、それぞれの魔力を集めれば世界は私のものになる!!」
雲を突き抜けるほどに天高くそびえ立っているその大木の中には、外側からではまるで想像できないような最新技術が満載されている施設がたくさん入っている。
「ふふふ……見た目は一国の王都ほどの太さを持っている大木ですから、初めて見る人間たちは驚きを隠せないことでしょうね」
ニルスが窓から見下ろすその大木の根元にはさらに街が広がっており、ここで野良のドラゴンたちと人間たちが共存しているのである。
そしてその後ろで、腕を組んで壁に寄りかかって足を組んでいるディルクが気にしていることは、なぜかその姿が見えなくなってしまったのだと部下たちから報告があったルギーレのことだった。
「急に姿が見えなくなったというあの聖剣使いだが、どこに行ってしまったのか?」
「それは私にもわかりません。ですが、彼がいなくなってしまったのであればまずは彼の仲間から葬ってあげるべきでしょう」
「まあ、それはそうなんだけどね」
彼は聖剣レイグラードを持っているというだけあって、全く油断はできない。
どこに行ってしまったとしても、最終的には彼も見つけ出して葬らなければ安心はできないのがこの二人である。
「それにいざとなれば、向こうの世界に帰ってもいいのですし……」
「最後の手段だけどね」
この世界と向こうの世界は、似ているようで違うことがかなりある。
だからこそ、いざという時の逃げ道を向こうの世界に設定しておくべく空間に裂け目を入れる技術を彼らは持っているのだ。
(ただ、この世界の空間を割ってこの世界の別の場所に飛ぶということはどうやらできないらしいですから、空間を割るのはいざという時だけ……)
そもそも、こっちの世界に来たのは向こうの世界にいたディルクが、このヘルヴァナールという世界へ行って自分の実力を試してこいとニルスに言ったことがきっかけだった。
ディルクとは師弟関係でとても親しい関係なのだが、それ以上にそのディルクに対しての対抗心の方が強いニルスは、このヘルヴァナールを手に入れて戻ってくると大口を叩いたのもあってこのままでは帰れないと考えている。
「何にせよ、私が向こうの世界に手ぶらで帰るわけにはいきませんからね。ここであの六匹のドラゴンを含めた全員を倒して、私が最強だと証明するのです!!」
「ふふ……それはまだ十年は早いね」
ニルスと同じく負けず嫌いな一面のある彼の師匠の声が、最上階の部屋に響いた。




