565.穴の中
これももしかしたら、ディルクやニルスが作り上げた罠の一つかもしれないので無意識に距離を取ろうとするルギーレ。
何かあってからでは遅いので、こういう未知のものに関しては用心することが大切なのだが、そんな彼の目の前にある穴の中からいきなりニュッと何かが飛び出してきた。
「……っ!?」
いや、何かが現れたわけではない。
その穴そのものがいきなり触手のように伸びてきたかと思えば、レイグラードの加護を受けたルギーレの動体視力をもってしても回避しきれないほどの速さで、彼に巻きついて穴の中へと引き込んでしまったのだ。
『……ルギーレ!?』
その様子を目撃したセルフォンが助けにいこうとしたものの、タイミング悪く増援の獣人たちが彼に襲いかかってきたのでロングソードで対抗せざるをえず、それを全て片付けた時には漆黒の穴もろとも吹雪の雪原の中からルギーレの姿が消え去ってしまっていた。
『る、ルギーレが消えた……!?』
その驚きを隠せないセルフォンが、丁度同じように戦闘をひと段落させたばかりのタリヴァルの元に駆け寄って、自分が見た光景をそのまま伝える。
『消えた……その穴が別のどこかにつながっているとか、または冥界への入り口か……』
『とにかく某たちもこの周辺を徹底的に調べてみよう。とにかく今はそれしかない』
『そうだな』
しかし、そのドラゴンたちがいくら捜索をしてもルギーレが見つかることはなかった。
なぜならルギーレは、すでにこの世界とは違う場所にいたからである……。
「う……あ、な、何が起こった?」
黒い穴にいきなり引っ張られる形で吸い込まれてしまったところまでは覚えているものの、それから先の記憶がないまま立ち上がるルギーレ。
どうやら自分は意識を失なっていたらしいのだが、その間に何が起こったのかわからないままである。
少なくとも今の自分がいる場所は、先ほどまで獣人たちと戦いを繰り広げていた吹雪の雪原ではないことだけは確かだと気がついた。
(薄暗いどこかの遺跡みたいな場所に来ちまったみてえだな……。しかも俺の他には生物の気配がねえ……)
セルフォンもタリヴァルも、それからルディアたちも見当たらない長方形で石造りの床と壁しかない簡素な造りの小部屋。
唯一の出入り口は前方に見えている金属製の真っ黒なドアだけなので、とにかく現状を把握しなければ話も進まない以上、歩き出すことにしたルギーレだったが……。
「……うおっ!?」
突然、自分の握っているレイグラードが光り輝き出した。
今までに見たことがなかったこの謎の現象にルギーレは戸惑いと驚きを隠せないのだが、恐らくこれは何かがレイグラードに起こっているとみて間違いはなさそうだと確信する。
一体何が原因で急にレイグラードが光り出したのかは定かではないのだが、少なくとも今までになかったことなのでこの謎の場所に来たことが原因なのは確かだろう。
そしてその光が、先ほど発見したこの部屋と唯一外に繋がっているあの金属製のドアに近づくにつれて強くなっていることを、彼はレイグラードを見つめることによって気づく。
(もしかして……俺を出口まで導いてくれるってのか?)
確信は持てないが、急にこのレイグラードが光り出したということは何かしらの思惑があってのことだろう。
なぜなら、この聖剣は自分の意思を持っていると言われているからだった。
今は周囲に仲間の気配もしないので、とにかく進んでみるしかないとそのドアを開けたルギーレが見たものは……。
(何だか要塞みたいな……いいや、これは古くなって使われなくなった砦って奴なのかな?)
壁も床も天井も、その全てが薄暗い灰色で非常に気分が滅入りそうな配色をしている。
それだけならまだしも、シーンと静まり返ったままのこの広い場所は自分一人しかいないことを嫌でも感じさせてくれるし、通路の幅は狭いのに天井が高いことも薄気味悪さを感じさせてくれる原因となっていた。
せめて誰かいないだろうかと、入り組んでいるこの謎の空間を光り輝くレイグラードの光り具合に従って進んでいくルギーレ。
そこで気づいたのは、どうやら間違った方向に進むとレイグラードの輝きが弱くなる意図だった。
(やっぱり俺を導いてくれてるとしか思えねーんだよなあ)
そうでなければ突然光り輝いたりしないんだけどなあとブツブツ呟きながら進むルギーレだが、このまま進んでいいのか急に不安になってしまう。
よくよく考えてみれば自分とこのレイグラードは一緒に戦ってきたわけだが、ドラゴンたちや異世界からやってきた二人がいうにはどうにも不穏な気配を醸し出しているものだというのだ。
そしてこの聖剣を魔剣と呼ぶだけの理由があるからこそ、はるばるゼッザオという場所までやってきて今こんな状況になっている。
このまま進んでしまったら自分は果たしてどうなってしまうのだろうか?
しかし今の自分には他に向かう場所もないので、ここはレイグラードの導きに沿って進んでいくしかなかった。




