552.本当のレイグラード
「くっ……ここは退きます!!」
「待てっ!!」
さすがにマリユスが倒されると思っていなかったのであろうニルスは、自分の不利を悟って部下たちを置き去りにして、そのまま魔術で消えてしまった。
「くそっ、ここまできてこれかよ……!!」
せっかく後一歩までニルスを追い詰めたというのに、目の前で逃げられてしまった悔しさがルギーレを襲う。
しかし、今は倒したばかりのかつての勇者パーティーのリーダーから事情を聞くのが先だった。
だが……。
「う……ぐぐ……」
「おい、てめーらの目的は何だ!? 単なる世界征服じゃねえだろこんなの!!」
胴体を斬り裂かれて徐々に呼吸も浅くなっていくマリユス。
ひとまずレイグラードの加護があるので生き延びているが、息絶えるのも時間の問題だろうか。
そんなマリユスは、ルギーレに対して奇妙なことを言い始めたのだ。
「ははは……まさかこの俺が役立たず以下になっちまうとはな……。だが、今回はまだ運が良かったぜ」
「どういう意味だ?」
「お前……そのレイグラードって剣がただの聖剣じゃなくて、持ち主を侵食する魔剣だって知らないのか?」
「魔剣!?」
そういえば、今まで倒してきた人間や魔物たちの怨念やら魔力やらが溜まった結果、自分は倒れてしまったのだと思い出したルギーレ。
どうやらこのレイグラードは、今更ながら恐ろしい代物なのだとマリユスは告げる。
「もう一つの世界から……そいつは逃げ出してきた剣なんだってよ。そして今、お前を徐々に食い物にしてるってわけさ」
「……おい、そうなると俺はまさか……」
「あー……死ぬだろうな。その剣に自我まで乗っ取られて、人間じゃなくなってしまうらしいぞ」
このことはニルスとディルクの師弟コンビが調べていたらしい。
しかし、どうしてそのことをマリユスは自分に話してくれるのだろうか?
「へへ……俺が死んじまったら世界はあいつらの好きになってしまうだろ。だからだよ。俺のいない世界にもう興味はないからな」
「くそ……あいつらは本当にこの世界を征服するつもりなのかよ!?」
「じゃなかったらこっちの世界には来ていないだろ。俺だって……最初は別の世界があるなんて半信半疑だったさ。でも、俺は……あいつらからいろいろな話を聞いて確信したからな」
そして、レイグラードがそれだけ危険なものだということをマリユスはさらに教えてくれる。
「持ち主……の、魂を侵してそのまま乗っ取ってしまう。それを回避するには……それを壊すしかない」
「レイグラードを!?」
「ああ、そうさ……だって壊しちまったら問題ねえだろ。だが……レイグラードは魔剣って言われるだけのことはあるんだとさ」
「それもあいつらが言っていたのか?」
「ああ……聞いた話だと、ディルクの先祖とやらが生み出したんだとか言ってた」
しかも、レイグラードの危険性は持ち主の魂を侵して乗っ取るパターンだけではないのだとも説明していた。
「レイグラードは持ち主から離れようとしないってのはお前も知っているのかもしれないが、それはこのレイグラードに意思があるってことでもある。自分の考えでこの世界を征服することもできるようになるんじゃないかってディルクが教えてくれた」
「え、それじゃつまり……この剣が暴走するってのか?」
「だろうなあ……」
何にしても、どうやら自分は恐ろしい剣の持ち主になってしまったようである。
だったらこの剣を壊してさっさとこんな危険から逃れたいと考えるルギーレだが、聖剣とされているがゆえにレイグラードはそう簡単には壊れてくれないらしい。
「あー、その剣は簡単には壊れない。だからディルクもニルスもそれを手に入れて簡単に世界征服を狙ってる。それを壊すには……この世界にあるっていう、もう一つの剣が必要になるかもな」
「は? そんな話は初めて聞いたぞ?」
「俺だって最近あいつらから聞いたばっかり……さ……」
「おい、くそ、しっかりしろ!!」
喋りすぎてもう息が続かなくなってきているマリユス。
せめて回復魔術を……と考えるルギーレだが、あいにくまだ他のメンバーは戦いの真っ最中なのだ。
そしてマリユス自身は、自分がここで力尽きるのがわかった上でこうして話してくれているらしい。
「あいつ、ら、が……いう、にはっ!! このせか……世界に、もう一つ伝説の剣があるらしい。それでこのレイグラードを……斬れ!!」
「その剣はどこにある!?」
「知らな、い……ほんと、だ。俺は、それ以上……なに、も……!!」
「くそ、おい、まだ聞きたいことが……!!」
力尽きる勇者マリユスの最後の言葉は、これだった。
「役立た、ず……野郎……に、世界を、救える……かな? はは、は……いや、もう……役立たず、じゃ!! ない、か……」
「マリユス……マリユスっ!!」
その瞬間、勇者マリユスはこの世から去っていった。




