544.試練
『ならば、この試練を無事に乗り越えてみせよ。これより試練を開始する!!』
その声とともにナスティアからルギーレに試練が課されることになったのだが、具体的に何をするのかということは知らされていない。
「ちょ、ちょっと待て。試練って一体何をするんだ?」
その疑問を口に出したのはルギーレではなくガルクレスだったが、特に気にした様子もないままナスティアが内容を説明し始める。
『強さを証明しろと我は言った。つまり、そなたたちの中で一番強い者とそなたが戦うんだ』
「は?」
てっきりナスティアが何か魔物の類でも召喚するのかと思いきや、まさかここにきて身内とのバトルを強制されるとは夢にも思っていなかった。
「いや……あのさ、何で俺たちの仲間で戦わなきゃいけないんだ? そもそもあんたは精霊なんだから何かそういう魔物とか呼び出すのかと思ったんだが……」
まともな疑問をぶつけるルギーレに対し、ナスティアはシンプルに答えた。
『我にはそんな力はないんだ』
「あ、そうなの……って、そうじゃなくて。俺が戦うにしてもこの中で一番強い奴ってあんたが決めてくれるのか?」
『いや、それはそなたたちがわかっているはずだからそなたが決めることだ』
「強引な奴だな……」
思わず本音がポロリと零れるルギーレだが、ナスティアの試練を乗り越えなければならないということは戦わない限りこの先に進めない話になる。
なので、ルギーレはパーティメンバー全員を振り返った。
「……この中で、まだ俺と戦っていないのって全員じゃないのか? それで一番強いってなると……」
その問いかけに対し、パーティメンバー五人の視線が一斉にある人物に向かって注がれる。
五人の視線の先にルギーレも一緒に目を向ければ、そこに立っているのは……。
「俺しかいないってのか?」
「どうもそうらしいな」
自分以外の視線が注がれたのは、異世界からやってきたエスヴァリーク帝国騎士団副団長のセバクター・ソディー・ジレイディールだった。
あの塔の屋上で、必殺技を使って一撃でケルベロスを仕留めただけのことはあるとなれば、ナスティアのいう『そなたたちの中で一番強い者』にも当てはまる。
「……やってくれるか?」
「精霊様の望むことであり、あんたがこの先に進むためだったらやるしかないだろうな。あんたがこっちの世界の代表なら、俺はエンヴィルーク・アンフェレイアの代表として相手しよう」
こうして、かなり強引な精霊によってルギーレとセバクターのバトルが成立した。特に、自分の強さを証明しろとルギーレが言われている以上はお互いに本気のバトルとなる。
出入り口のドアを閉め、他の四人は部屋の端に寄って観戦だ。
「ここで俺がセバクターに負けたらどうなるんだ?」
『その場合はこの先には通せないな』
「……やっぱりやるしかないのか」
手と足を回して軽く身体をほぐし、腰のレイグラードを引き抜いて構えるルギーレ。それを見て、セバクターも自分のロングソードを鞘から金属音をさせつつ引き抜いた。
「よぉし……俺は準備万端だぜ」
右手のレイグラードを小刻みに動かして、セバクターをけん制するルギーレ。それと同時にセバクターの周りをグルグルと移動しながら、どこから攻めるかを考える。
セバクターはそれを見つつ、その場で身体を回転させて常にルギーレと自分が真正面になるように、ロングソードを静かに構えながら彼の出方を窺っている。
「……ふっ!!」
「はっ!!」
息を吐いてルギーレが駆け出し、先に右手のレイグラードを上から下に向かって振り下ろす。
それを避けたセバクターは、お互いの近さを利用してロングソードの代わりに膝蹴りを入れようとするものの、ルギーレは肘でその膝目掛けて彼の太ももを上から下に突き下ろす。
セバクターは膝当てを装着しているが、ももまでカバーしていないのでダイレクトに衝撃が伝わる。
「ぐっ……!」
怯んだセバクターの、これまた防具でカバーしきれていないアゴ目掛けて下から上に肘を振り上げるルギーレ。
その肘が掠って更に怯んだセバクターの後頭部に両腕を回し、絡み合いで膝蹴りの連打をルギーレは叩き込んでいく。
セバクターは、力を振り絞ってその男同士の絡み合いから抜け出そうと考えるものの、こうした取っ組み合いでは伝説の聖剣と呼ばれるレイグラードを所持して、加護を受けているルギーレに少しだけ分があるようだ。
なかなかの実力者であるセバクターも、ロングソードを始めとする武器術を中心に決して鍛えていないわけではないのだが、このまま絡み合っていても埒が明かない。
そこで、セバクターは頭を下げて前にその頭を突き出してルギーレの胸に頭突きを入れる。
「ぐほっ!?」
その頭突きで屈んだ体勢を利用し、ルギーレのコートのベルトに手を回して素早く抜き取ったかと思うと、鞘ごと部屋の隅に放り投げて彼の攻撃手段を減らした。




