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52.今の実力

 無意識のうちに敬語もなくなって、この目の前の医者に本音をぶつけるルギーレ。

 ここに来てレイグラードを手に入れたことも話していない。

 この男はいったい何者なんだ? とてもただの人間とは思えない。

 どこまで細かい情報網を持っているんだ? どこかの国の密偵か何かなのか?

 それともまさか、あの黒ずくめの連中の仲間なのか?

 思わず腰のレイグラードの柄に手がかかるルギーレだが、医者はそんな彼の動きにも動じた様子を見せない。


「まあ、そのうちわかる。それよりも某と戦うつもりならそれでも構わないが……某が勝つ。確実にな」

「それも……やってみねえとわからねえだろ!」

「ちょ、ちょっとルギーレ落ち着いて!!」


 悔しさと怒りが混じった自分の感情を抑えられない。

 強大な力を手に入れた俺が、こんなただの医者に負けるわけがない。そう考えていたのに。

 実際にはレイグラードを鞘から抜く前に、目にもとまらぬ速さでルギーレの喉元にペンの先端が突き付けられていた。


「う……っあ!?」

「ペンは剣よりも強しとはよく言ったものだ。だが、これがもしナイフだったら某はそなたを殺すことに成功していた」


 つまり、今のルギーレの実力はこんなものだと医者は言いたいのだ。

 しかし、そのペンを机の上から手に取ってルギーレの喉に向けるまでの速さは、ルディアですらも捉えられなかった。


(今……何が起こったの!?)


 ルディアはこうした近接戦闘に不慣れではあるものの、それでも動体視力は一般人よりもあると自負していた。

 だが、目の前でペンの動きが全く見えなかった。

 この医者はもしかすると、かなり戦闘にも慣れているのではないだろうか?

 今の一連の動きからそう思っているのはルディアだけでなく、ペン先をようやく喉から離されたルギーレも同じだった。


「な、何をした……?」

「単純に抜剣の動きをしただけだ。これで自分の実力がわかっただろう。そなたでは某には勝てないとな」

「……」


 ルギーレは腰から手を放し、それで降参したかと思わせておいて今度は医者に向かって中段左前蹴りを放つ。

 だが、何と医者はその蹴りを放ったルギーレの足を右手だけで止めてしまった。


「なっ!?」

「そんなものか。では、某はこうしてやろう」

「うおあっ!?」


 ルギーレの身体を支えていた右足を、医者は自分の右足で払い飛ばした。

 それとほぼ同時のタイミングでルギーレの足を手前に引っ張れば、黄色いコートを着込んだ身体が空中で一回転して床に叩きつけられる。

 そしてとどめとばかりに、その首に医者の右足が乗っかった。


「ぐう……っ!!」

「聖剣の魔力による動作の速度上昇など、某にとっては何の意味もない。まずはギルドランクを上げることだな」

「くそ……くそっ……!!」


 結局、俺の実力はこんなものなのか。

 ロックスパイダーの巣を壊滅させ、あの炎の悪魔も退けた自分が、まさかこんな謎の医者に手も足も出ないなんて。

 現実を受け止めたくても脳が拒絶するが、首に乗っかっている足がその拒絶を排除していた。

 そして足をどけられ、立ち上がったルギーレは黙って踵を返して出入り口のドアへと歩いていく。


「え……あ、じゃ、じゃあまた来ますね!」


 その行動を見たルディアは別れの挨拶もそこそこに、慌ててルギーレを追いかけていく。

 そんな二人の若者の姿を見ていた医者は、ポツリと小さい声で聞こえないようにこう呟いた。


「久しぶりに見たな、聖剣の継承者……ルヴィバー以来か」



 ◇



 結局、ルギーレは謎の医者に手も足も出ないまま診療所を出た。

 その足で向かうは冒険者ギルドである。


「ちょ、ちょっと歩くペースが速いわよルギーレ!!」


 スタスタと器用にメインストリートの人混みを避けて歩いていくルギーレに、ルディアは遅れがちになりながらもついていく。

 そんな彼の後ろ姿を見て、ルディアは溜め息を吐いた。


(まずいわね……あの医者にやられちゃってプライドがズタズタになっているみたいね)


 聖剣の使い手に選ばれて調子に乗っていたのだろうか。

 普段は楽観的なルギーレでも、あそこまで実力の差を見せられてはこう落ち込んでしまうのもわかるが、かといってこのまま彼を放っておくのも気が引ける。

 そう思ったルディアはペースを上げて一気に彼に追いつき、ルギーレの右肩を左手で掴んで止めた。


「ちょ……ちょっと待ってよ!」

「何だよ?」

「あなたらしくないわよ。そんなにプリプリ怒っちゃって……もっとポジティブに物事を考えるタイプじゃなかったの?」


 しかし、ルギーレの反応は意外なものだった。


「え? 別に怒ってねえよ俺は」

「えっ?」

「むしろ、自分の実力がわかって良かったよ。俺はこの剣を封じられたら何も出来ねえってことが分かった。だからさっさとギルドに行って依頼を受けてえんだよ」


 そう意気込むルギーレの目は、あの診療所に向かう前よりも輝いているように見えた。

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