540.呼び寄せた修羅場
塔からマリユスとニルスがワイバーンで大急ぎでメルディアスに戻って来ている頃、ルギーレはようやくそれらしきスイッチを研究所内の三階で発見した。
(これ、か……?)
三階のフロアの端で見つけた、今までの実験部屋とは明らかに雰囲気が違う部屋。
石造りの壁の雰囲気がムンムンと漂っている研究所の中で、その部屋だけ壁も床も木目なのだ。
(この部屋は休憩所として使われているのかもしれないけど……何か違う……)
ルギーレの第一印象はそれだったのだが、その木目調の部屋の奥に大きな魔法陣の絵が描かれた紙が貼ってあるのを見つけた。
その魔法陣の絵の上には、注意事項として『魔術防壁用魔法陣。紛失厳禁、持ち出し禁止!!』と異世界の文字で描かれており、魔法陣の紙の手前には何かのエネルギー装置らしき黒い箱が置かれている。
箱の側面にかなりの数のボタンが取りつけられているので、もしかしたらこれが魔術防壁用の装置なのかもしれないと考えるルギーレ。
(今までの部屋にはこんなものはなかったし、明らかにこれだけは沢山のボタンがついているのが何よりも違和感を覚えるんだよな……)
何にせよ、黒光りしているこれだけ怪しい装置を目の前にして何もしないのも気になって仕方がない
(くそ……ここは用心するべきなんだろうが、このままここにいても見つかるリスクが高いし……いっちまえ!!)
何もせず引き返して見つかるリスクと、ボタンを押すことによって起こるリスクを天秤にかけた結果、ルギーレの手はそのボタンの山を片っ端から押す方向に舵を切った。
ボタンの上や下に、これが何のボタンなのか説明も書いていないのでとにかく片っ端から押していってみる。
すると、どのボタンを押したかわからない状態でガタガタと魔術研究所自体が揺れ始めた。
「うおおっ!?」
それだけでは収まらず、今度はルギーレの耳にけたたましい警報がウォンウォンと鳴り響くのが聞こえてくる。
この状況になると、ルギーレにもこの後の展開が簡単に予想できた。
「何だ、どうした!?」
「魔術防壁が解除されたぞ!!」
「警報も鳴らされた!!」
どうやら魔術防壁解除のボタンと一緒に、研究所内の警報のスイッチまで一緒に押してしまったようである。
(くっ、やってしまった!!)
舌打ちをしつつ、ルギーレは階下に飛び降りるべく紙の横に設置されている窓を開けて下を見る。
しかし、その窓の下には自分が着地できそうな場所が見当たらない。
(ダメだ、高くて飛べない!!)
二階ならまだチャンスはあったかと思うが、三階のこの高さとなると何かクッションでもない限りタダでは済まない。
仕方がないので、ルギーレは咄嗟の手段を取る。
ドアが内開きだったのが不幸中の幸いと言うべきか、半開きになりっ放しだったそのドアをグイっと引っ張って、ドアと壁の間に上手く自分の身体を挟み込ませる。
上手くいくかどうかは賭けであるが、細身の部類に入る自分の体躯ならさっきの窓の時と同じように何とかなるかもしれないとルギーレは期待していた。
(ダメだったらその時は……)
身を隠し、レイグラードを構えていつでも攻撃できるように息を潜めながら、この部屋に向かって慌ただしく向かって来る複数の足音とその気配に注意深く耳を傾ける。
「ドアが開いているぞ!!」
バタバタと言う足音、ガチャガチャという金属音から足音の主たちは武装しているのだろうと予想しながら、ルギーレはドアの陰から様子を窺う。
「……誰もいないみたいだな」
「でも、この部屋って魔術の封印がかかっていなかったか?」
「あ、ねえ、窓が開いているわよ!?」
「くそ、あそこから入ってきたのか!?」
「浮遊魔術でも使ったのかしらね?」
男の声と女の声がそれぞれ複数入り混じっているのが聞こえるとなれば、四~五人でここまでやってきたらしい。
警報装置が作動したこともあり、大騒ぎになるのは当たり前だろう。
「窓の外に逃げたのか?」
「だったら外を探してみましょう!! それからこの研究所の中もね!」
「くっそ、誰がここに侵入したんだ!?」
再びバタバタと慌ただしく足音が遠ざかっていくのが聞こえ、ドアも勢い良く閉められる。
そのドアの陰で息を潜めていたルギーレは、何とかやり過ごせて良かった……と潜めていた息を吐いて安堵した。
だが何とかドアの陰に隠れて警部兵や魔術師をやり過ごしたのも束の間、警報を聞いて部屋から出てきた魔術師の一人に三階で見つかってしまったのだ。
「あっ、おいお前は……!!」
「ちっ!!」
魔術師は彼の姿を見つけて叫び声を上げようとしたものの、先制攻撃でレイグラードの衝撃波を繰り出したルギーレによって頭部を蹴られて気絶させられる。
しかし、その警報を聞いていたのは気絶させた魔術師だけではなく、その他にもまだ警備兵や魔術師たちもそうだったのだ。
こうしてルギーレは追いかけ回されるハメになり、通路を駆け抜けて逃げ回り始めるのだった。




