522.魔法陣
「……ヴァラス、あれって……」
「あれは……通路か?」
真っ直ぐ伸びる通路が階段の最下層部わから繋がっているのがだんだん見えてきたので、あの通路の先に魔法陣があるのだろうと予想しながら、二人もセバクターに続いて残りの階段を下っていった。
そんな激闘を繰り広げた三人が階段の最下部にたどりついた時には、そこはまさに地獄絵図が広がっていた。
上から落とされた男も女も人間も関係なく、既に意識がなかったり呻き声を上げたりしていて、至るところで戦闘続行が不可能な状態になっていたのだった。
「はぁ……何とか乗り切ったな……」
「ああ、何とかなったようだけどまだこれで終わりじゃないみたいだぞ」
「え?」
ルギーレの疑問の声に、ヴァラスは無言で指を別の方向に向かってツンツンと差す。
その指の先に目を向けてみると、トンネル状の薄暗い通路が一行を待ち構えて、不気味な雰囲気を醸し出していた。
唯一の救いといえば、その通路の出口が既に見えて向こう側が小部屋になっているのがわかることだろうか。
「……あそこが最深部みたいだな」
「ああ。それにここからでもわかるぐらいに大きな水色の魔法陣が見えるから、恐らくあれに乗れば一気にメルディアスまで行けるんだろうな」
その場合はせっかく立てた計画を全てまた変更しなければならないのだが、あの因縁の魔術師をこの町で見かけてしまった以上、このまま黙って退散するわけにはいかなかった。
それに馬を使って長い時間をかけてメルディアスまで行くよりは、一気に転移してしまった方が数倍楽なのは一目瞭然である。
「あいつはもういないみたいだ……」
トンネルを抜けた先は小部屋になっており、魔法陣以外何もない。
それは、ここが魔法陣による転移地点として造られた場所だという無言のメッセージでもあるのだろう。
「ああ……魔力は確かにここから流れている。それなりに大きな魔法陣だから、メルディアスまで転移するためには十分な魔力と紋様があるのがわかる」
魔術も少しわかるヴァラスいわく、こうした転移のための魔法陣というのは陣の端に描かれている紋様の多さと複雑さ、それから注がれている魔力を全て合わせて作り出されるのだという説明がされる。
しかし、ここまで大きくて精度も高いものは見たことがないという。
「確かに、これだとメルディアスで色々と何かをするには十分みたいだな」
「やっぱりあのディルクってのは、君が追いかけているという連中と繋がりがあるんじゃないのか?」
彼と長い因縁のあるらしいセバクターは「あいつは自分の利益にならないことはしないタイプだ」言っているものの、あのタワーで出会うまでディルクと面識がなかった他のパーティメンバーにとっては実際の所はどうだかわからない。
「さぁな。でも俺たちの敵っていうのはセバクターと共通しているだろう」
ヴァラスの言葉にルギーレが冷静に返答し、魔法陣に向かって歩き出す。
「行くのか?」
「ああ。ここで突っ立っていても物事は始まらない。この先にあの男が向かったのは確かだろうしな」
「わかった。でも……ここで魔法陣に乗ったら行ったっきりになるかもしれないぞ?」
ヴァラスの忠告に、ルギーレは力強い目で頷いた。
「それでも行くしかない。あの男がそれこそニルスやマリユスたちに繋がる何か重要なヒントを握っている気がするし、俺だってまだ色々と聞かなきゃならないことがあるんだからな。そのために俺たちはここまで敵を倒してきたんじゃないのか?」
逆にそう問われると、質問した側のヴァラスも言葉に詰まってしまったようだ。
「それじゃ行くぞ。二人とも、準備はいいか?」
セバクターの確認に他の二人も頷く。
それを見たセバクターがまず最初にその魔法陣の上に乗ってみると、青白い光が徐々に彼の身体を包み込んで行き、一瞬強く弾けたかと思った瞬間に部屋の中から彼の姿が消え去っていた。
「……行っちまった」
「じゃあ次は私だな」
ポツリと呟くルギーレの傍らで、今度はヴァラスが魔法陣に乗って続く。
魔術が身近にあるとはいえ、こうやって一瞬で遠く離れた場所に転移ができてしまう技術なんて、よくよく考えてみればすごいことだよなあ……と感心するとともに不安があるルギーレ。
が、二人がこうして先に行ってしまったしあれだけの決意表明までしたのだから、自分が行かなくてどうするとばかりに不安な気持ちを押しのけて、ルギーレもその魔法陣の上に足を進めた。
(ん……!?)
その瞬間、身体中が徐々に痺れるような感覚がしてきて、足元からジワリジワリと熱さが頭に向かって上がってくる。
不安半分、期待半分で何が起こるのかを待ちながら、その熱さが頭のてっぺんにまで達した時、ルギーレは強いめまいを覚えた。




