518.港町ルシード
村からルシードの町まではワイバーンを使っても五~六時間かかり、そこから今度は馬で向かわなければならないので、もしかしたらワイバーンでメルディアスに向かったガルクレスとレディクがルシードの町に来た方が良かったんじゃないだろうか? と今更ながら考えてしまうルギーレ。
しかし、こちらもワイバーンでもう出発してしまったのだから取り返しが付かない。
「上手く行くといいけどな」
「そうだな。あの二人はそれなりの実力者だし、ガルクレスは副騎士団長だから大丈夫だろう」
しかしさっきのガルクレスの計画の立て方を見ている限りでは、何となく行き当たりばったりの感じがするので、大丈夫と言われても実はピンとこないルギーレ。
だが、ここは特に否定も肯定もせずに黙っておく。
その後はルシードの町まで時折り休憩を挟むとともに食事も摂りつつ、たまにストレッチをして身体をほぐして、やっとのことでルシードの町に辿り着いたのは昼下がりになってからだった。
「やっと着いたな」
「本当だよ。というかここから馬を借りてメルディアスの方にまで行くとなれば、またかなりの時間がかかりそうだな」
やっぱり先にワイバーンでメルディアスに向かった情報収集部隊が、その情報収集が終わり次第こっちに来てもらうべきだったよな……とルギーレは過ぎた過去を後悔しつつ、他の二人と一緒にルシードの町に入る。
「それじゃ私たちはワイバーンを預けにいくからここで待っててくれ」
「わかった」
指名手配中の身であるルギーレは余り目立つ行動ができないので、景色に溶け込むような気持ちで気配を消しつつボーッと賑わう港町の出入り口付近で他のメンバーを待っていた。
だがその時、彼は思いもよらない人物を目にする!!
「……あいつは……!!」
忘れる訳がない。
それを見たのは本当に偶然であり、ルギーレの心拍数が一気に上昇する。
腰まで届くほどの黒い長髪に、金色の縁取りが施されているローブと胴衣。
更に手に持っている不気味なワンドとくれば、あれは間違いなく闇の魔術師ディルクだった。
(何であいつがここに……!?)
なぜ、彼がこのルシードの町の出入り口から入ってきたのかはわからない。
だが、ここであの因縁の相手を見かけてそのまま黙って見ているような真似をする訳にもいかないルギーレは、無断でこの場を離れてしまうことを心の中で他の二人に詫びてから、こっそりとディルクを尾行し始めた。
(すまねえな、二人とも……)
港町で賑わっているとはいえ、人混みは余り身を隠せるような規模ではないので適度に距離を保ちつつ苦笑いする。
(緊張感が凄いな)
目標を尾行するなどという経験は、今までの人生の中であったかないか記憶も定かではないのだが、そんなルギーレはこんな今の状況でも周りの雰囲気に合わせる努力はしている。
ディルクはルシードの町の出入り口から続くメインストリートを歩き、魚介類を売っている市場で食料品の品定めをし始めた。
(あいつも物を食うのか……)
そりゃそうだ、人間だもんなと当たり前の話で思い直しつつ、大きな魚を買った彼はそれを入れた袋を肩に担ぎ、ワンドを片手に持って再び歩き出す。
生鮮品を買ったということはどこかで料理をするのだろうか? と思いながら尾行を続けるルギーレだが、彼はそのまま魚とワンドをそれぞれ片手に持ちつつ今度は港の方に歩いていき始める。
(船に乗るのか?)
港といえば船に乗るぐらいしか思い付かないので、もしそうだとしたら自分も船に乗って追いかけ続けなければならないだろう。
だが、その予想は外れて彼は周囲の人目を窺いながら港の外れに向かう。
もちろん、それに気がつかれないようにルギーレは適度な距離を保って尾行を続行。
(何だ……何をしようとしているんだ?)
魚の入った袋を片手に、人目を気にしながら港の外れに向かうその姿は明らかな不審者だ。
それでなくてもあの服装は目立ちやすいだろうに、とルギーレがいらぬ心配をする視線の先で、彼は一つの古びた木製の倉庫らしき場所にたどりついた。
二階建てのその建物は外観こそ所々が黒ずんでいて小汚いが、入り口のドアの横に武装した筋肉質な男が一人、まるで城を警備している騎士団員のように背筋をピンと伸ばして立っていることから、ただの建物ではないのが見て取れる。
その男に、ディルクは先ほど買った大きな魚の入っている袋を手渡した。
すると男も手慣れた様子でドアを開け、中に彼を誘導してまた元の位置に戻る。
(あの中で何かが行われているのは確かみたいだな……)
この時、ルギーレは二つの選択を迫られていた。
一つはここまでで尾行を中止して一旦町の出入り口に戻り、他のメンバーと合流した上で再度ここにくる方法。
もう一つはあのドアの横に立っている男を何とかして、建物の中に入って何をしようとしているのかを直接ディルクに問いただす方法。
しかし、今までのことを考えれば後者は余り望ましいものではないだろうと考えたルギーレ。
(ドアの横の男の実力はわからないが、例えあの男をやり過ごして中に入ったとしても他にも仲間がいる可能性が高いだろうな……)




