510.撤退
「……終わったのか」
無言でベティーナの遺体を見下ろすルギーレに対して、他の敵を一掃したガルクレスが声をかけてきた。
「ああ。でも……肝心の情報を聞くのを忘れてしまったんだ」
「は? え、あれ……悲しんでいるんじゃないのか?」
てっきりルギーレが今までのことを思い出して悲しんでいるのかと思い、遠慮がちに声をかけたガルクレスは、まさかのルギーレの返答にキョトンとしてしまう。
そんなガルクレスに対し、背中を向けたまま淡々とした声でルギーレは続ける。
「少しな。何だかんだいって勇者パーティー時代には俺の世話はしてくれてたわけだし。だが……こいつは俺をパーティーから追放した上に、この世界を揺るがすようなこともしているらしいからな。それに……せっかく俺の集めたあのアイテムを全てエリアスが持ち去ってしまった以上、それを聞き出す前に殺っちまった今は悲しみよりも怒りの方がでかい」
マルニスとセルフォンにまた会うための手掛かりだった(かもしれない)あのアイテムを、あの図書館で裏切りと同時に全て持ち逃げしてしまったエリアスと、この女は関係があるのかもしれなかった。
そうなれば、当然そのことを聞き出さなければならなかったのだ。
それにギルドの野望云々に関して聞き出せていない以外にも、やらなければならないことがまだまだ山積みである。
「まずはここから脱出しよう。そしてこの塔から離れたどこかの町か村で食糧だとか武器の手入れとかの態勢を整えて、これからどうするかを皆で話し合おうぜ」
過ぎたことを気にしていてもそこで止まるばかりで、話は先に進まない。
「……わかった。でもちょっと待っててくれ」
「……?」
せめて生き残れただけでも良かったじゃないか、と強引に自分を納得させたルギーレは、静けさが戻ったこの塔から脱出する前にまだやるべきことを思い出したので、階段を上がって行った。
そして、約五分後にガルクレスの元に戻ってきたルギーレの手には一枚の大きな白いシーツが。
「何だそれ?」
「……まぁ、せめてこうしてやるだけさ」
バサッとシーツを大きく広げ、ベティーナの遺体に被せてやるルギーレ。
こうでもしておかないと、何だか寝覚めが悪くてしょうがないのだった。
「上の倉庫でこのシーツを見つけたんだ。敵だったとはいえ、昔は仲間だったんだ。これぐらいはしてやらないとな」
そのセリフを聞いて、仲間だった連中に対しての情は少しばかりでも残っているのかもしれない、とルギーレを見ながらガルクレスは感心していた。
何はともあれ、ようやくルギーレはパーティメンバーと一緒に地獄絵図と化したこの塔から脱出することに成功した。
「あー……しんどかった……」
この塔を最上階まで自分の足で踏破しただけではなく、あの警備用に配備されていたのであろう金属製の大型兵器、それから魔術師が生み出す多数の魔物、セバクターに助けられた最上階のケルベロス、そして下まで下りてくる時に遭遇した、自分の元仲間だったベティーナ。
様々な場所で様々な相手と戦いを繰り広げ、負傷しながらもこうして何とか生き延びて、全員が脱出することができた。
そしてここにきて新たなメンバーも加わったので、一行はワイバーンでその塔から大きく離れる。
こんなに目立つ場所の近くで、それこそ目立つ行動はできない。
なのでまずは一旦、山脈の東の麓に存在している村で身体を休めつつセバクターからもっと詳しい話を聞いたり、これからどう行動するかの作戦を練ることにした。
「よし、ここまで来ればひとまずは大丈夫だな」
パーティーメンバーたちはそれぞれワイバーンに乗って移動し、ルギーレはガルクレスのワイバーンに同乗させてもらって山脈の東にある小さな村までやって来ていた。
山脈の東に位置している村だけあって帝都からは近いといえば近いが、さっきの塔から比べれば大分遠い場所にあるので、ここで態勢を整えることにする。
「さて、宿の部屋も用意出来たし村の食堂で飯を食いながら自己紹介と行こうか」
ガルクレスの提案で一行はその食堂に入り、隅にある六人掛けのテーブル席で腹ごしらえ。
まずは突然現れてルギーレのピンチを救っただけでなく、その口から「ファイナルカイザースラッシャー」というなんとなく恥ずかしい感じのする技名まで出させた、エスヴァリーク帝国騎士団に所属しているセバクター。
彼に、更に詳しく自己紹介をしてもらうことにする。
「俺はセバクター・ソディー・ジレイディール。エスヴァリーク帝国騎士団の副騎士団長を務めている」
「副騎士団長……にしては若い気もするが、年齢はいくつなんだ?」
「二十五だ」
「ほう……その年齢で副騎士団長か。だったらよほど才能に恵まれている上に、努力も怠らないと見えるぜ」




