506.久しぶりのあいつ
「……そうか。やっぱりあいつか……」
「え?」
「そいつは……俺がずっと捜している男だ。あいつだけはどうしても逃がすまいと思って捜索を続けていたが、最近になって目撃情報があった。それで旅行を中断してこっちに来てみたら……そうか、あいつだな」
「知り合い……なのか?」
ルギーレのやや戸惑いがちな質問に、セバクターは厳しい目つきで頷く。
「知り合いなんてもんじゃない。あいつはこの世から追放するべき魔術師だ。生かしておいたら危険な存在だからな」
そこまで言ったセバクターに話の続きを聞こうとしたが、一行は十階から九階に降りる階段の所でバタバタと慌ただしい音が聞こえてきたのに気がつく。
「おい、誰かくるぞ」
そう言ってセバクターが身構えるものの、ルギーレたちは違和感を覚える。
「あれ、変だな」
「何がだ?」
「だって、この下は確かガレキで埋まっているはずだぞ?」
あれをどうにかしてイルダーが取り除いたのか? と考えるセバクター以外のパーティメンバーだが、誰が上ってきているのかわからない以上は警戒態勢を緩めようとしない。
階段から少し離れた場所に隠れて様子を窺おうとしたのだが、その前にその足音の主が姿を現した。
「……!!」
「あら? まさかここにあなたたちがいるなんて……私もついているってことかしらね?」
「俺たちには不運だがな……ベティーナ!!」
十階に上がってきたのは、これまでいろいろありすぎてルギーレが久々に出会った気がするベティーナ・マクファーデンだった。
今の彼女はお馴染みの緑を基調とした鎧を着込んで武装し、槍を背負うスタイルとなっている。
「てめえ……、ここに何しに来やがった!?」
そう叫び声を上げながら、ガルクレスはロングソードを構える。
もちろんヴァラスとレディクも、更にはセバクターもそれぞれの武器を構えて身構えるが、そんな一行に対してベティーナは余裕の表情である。
「まあまあそう熱くならないでよ。でも、私の演技は役者のあなたから見てもなかなかのものだったでしょ?」
「ああ、すっかり騙されたよ」
しかし、次の瞬間ベティーナはとんでもないことを告白し始める。
「いろいろと話はこっちに筒抜けになっていたのよ、あなたのことはね」
「何だと?」
ベティーナのセリフに耳を疑うルギーレ。
「いろいろ、ということはつまり……俺がマルニスとセルフォンと一緒にこの国に来た時からか?」
「ええ、それしかないじゃない。じゃなかったら最初、セルフォンたちをあれで襲撃したりしないでしょ?」
「ああ、そうだな……」
最初の襲撃を思い出して、それがきっかけでこの国ではこんなに長い旅路に出ることになってしまったルギーレだが、それもここでようやくひと段落を迎えることになるのかもしれない。
「……そして、俺たちに対してあの黒い魔術師を差し向けたって訳か。そこまでしなければならないほど、マリユスやお前は俺に恨みがあるのか?」
本心からそう問うルギーレだが、その瞬間ベティーナの表情が呆気に取られたようなものになった。
「……え? 魔術師って何のこと?」
「とぼけるんじゃない。俺たちがここに向かっているって情報を仕入れたお前らは、何らかの方法で魔術師を使ってここの封印を解いて先回りをした。そして俺たちがきたら抹殺するように頼んでおいたんだろう?」
「だから何のことよ? さっぱり意味がわからないんだけど」
完全な「素」の表情でベティーナはルギーレに対して首を傾げるが、彼女と敵対関係になっているルギーレは、そんな反応ではもう騙されないぞとばかりに問い詰める。
「そうか、別の方法を採ったんだな。あの魔術師がここで研究をしていると知ったお前たちは、その研究の手助けをするって話を持ちかけて俺たちを抹殺するように協力を……」
「だから知らないっていってるでしょ、何なのよその魔術師って!?」
ベティーナの逆ギレの絶叫が通路に響き渡った。
しかし、それを見てもルギーレはいつもの熱血ぶりを潜めて冷静である。すでにベティーナに情がないからだろうし、マリユスもベティーナも何をしてきてもおかしくないだろうからだ。
「逆ギレされても困る。むしろキレたいのはこっちなんだがな。お前たちとあの魔術師の男の繋がりがあるのはもう調べがついているんだよ」
「怒るわよ、良い加減にしないと……」
「もう怒っているだろう。答えろ。あの魔術師とお前たちの関係は何なんだ? そしてお前たちは何を企んでいるんだ?」
このままでは同じ話が何度も繰り返されそうだと悟ったベティーナは、ここで強引の流れを自分の方に引き寄せるべく言葉を選んで口を開く。
「とにかく、私たちはその魔術師なんて知らないし、むしろ繋がりがあるのはそっちだと思うけどね。それで……私たちの企み? それはあなたたちが知らなくても良いことよ。私たちのために本当に良く働いてくれてありがとう」
「そのお前らのためって何だよ? というか、この状況でありがとうっていわれても嬉しくないんだがな」




