48.勇者パーティーの発見
「これは……まさか!?」
「うえっ、何よこれ!?」
西側の一角でマリユスとベティーナが見たものは、異様な臭いを発している大量の薬品であった。
広い部屋には多数の椅子と長い机。
その机の上には紫色のドロドロしている液体が入った瓶がある。中の見た目はグロテスクであり、そばには注射器も転がっていることからこの液体を注射しているのだろう。
そこで、はたとベティーナが気が付いた。
「そういえば、私がこの洋館の中から出てくる盗賊たちを倒したときに……わずかだけど同じ臭いがしたわ」
「わかるのか?」
「ええ。男よりも女のほうが臭いには敏感って言われるのが実感できた。だからおそらく、盗賊たちはここの薬品を身体の中に打っているわ」
そうなると、ライラが言っていた「目に光がない」という説明にも納得がいく。
液体の詳細は分からないが、ここの盗賊たちはそれを体内に打ち込んでから自分たちを迎え撃ちに来ていたらしい。
「だとしたらまずはここを完全に破壊してしまおう。そうすれば、これ以上あの盗賊たちの秘薬になることはなくなるだろうからな」
「そうね」
敵の補給源を断ってしまえばいいのは、戦術における基本的な内容の一つである。
その内容に従って、まずは二人掛かりで部屋の中のものを破壊しつくす。武器を振り回し、魔術を手当たり次第に発動し、時には部屋の中に乗り込んできた盗賊たちの増援を倒していく。
しかし、この部屋はかなり大きい。
しかも一介の盗賊ごときが、こんなに大量の薬品を集められるだけの財力があるのだろうか?
とてもそうとは思えないマリユスだが、次の瞬間ヒュッと風を切る音がかすかに聞こえたかと思うと、ほぼ同時にベティーナの悲鳴が聞こえてきた。
「うぐっ!!」
「え……お、おいベティーナ!?」
なんと、ベティーナの左腕にいつの間にか一本の矢が刺さっていた。
これでは満足に戦えそうにないので、一旦破壊活動を中断して彼女のもとに駆け寄りつつ、周囲に目を配らせるマリユス。
(盗賊の連中がまだ残っていたのか!?)
破壊活動に夢中になりすぎて周りの気配に気づかなかった自分の迂闊さを呪うと同時に、まさかパーティーメンバーの中で自分が一番信頼しているベティーナが矢を受けてしまうとは。
しかも、そのベティーナの様子がなんだかおかしい。
「お、おいどうしたベティーナ!?」
「うっ……吐き気がするのよ」
「まさか毒か?」
「そうかもしれない……でも、こんなの魔術で!」
「待て、俺がやるうおっ!?」
彼女を部屋の隅まで引きずっていき魔術をかけて治療しようとした瞬間、自分たちのそばに新たな矢が突き刺さったのをマリユスはハッキリと見た。
そして、その矢を放った人間の姿も視界に入れることができた。
「あいつだ……あの金髪の男だ!!」
「うっ……それじゃ私は自力で回復するから、あいつをさっさと倒して!」
「馬鹿、無茶言うな!!」
「だってここには私とあなたしかいないのよ。それに矢がまた飛んでくる……きゃっ!!」
この大部屋の出入り口付近にたたずむ、黒ずくめの格好に金髪が特徴的な男が、再び矢を二人に向かって放つ。
破壊活動によってまき散らされた薬品に、魔術で放った炎が引火し、部屋がところどころ燃え始めているこの状況でも正確にターゲットの位置を捉えて射撃ができるとは、相手も相当の使い手らしい。
確かにこのままここに固まっていたら、自分たちは二人とも矢で狙われて絶命してしまうかもしれない。
「わかった、なら少し耐えててくれ!!」
心苦しいが、まずは弓使いの金髪の男をさっさと倒して、それからじっくりとベティーナを治療するべきだ。
そう判断したマリユスは、自慢のハルバードを片手に男に向かっていく。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、ベティーナは無意識にこんなことを考えてしまった。
(こんな時に、あの役立たずがいれば少しはマシになったのかもしれないわね……)
ハッと意識を取り戻し、ブンブンと首を横に振って即座にその考えを打ち消すベティーナ。
いったい何を考えているんだ、自分は!?
パーティーメンバーの満場一致で、あの役立たずの傭兵を追い出してせいせいしていたではないか。
なのにあの役立たずの手助けが欲しいなんて、考えてはいけないことを考えてしまっている。
(はん……あんな雑用しかできないような男の力なんか借りなくても、私たちはやっていけるんだから!)
自分の左腕に刺さっている矢を一思いに引き抜き、即座に回復魔術をかけて傷口をふさぐ。
そして立ち上がってマリユスの加勢に向かおうとしたのだが、その瞬間急に両足から力が抜けてしまった。
「あ、あれ……?」
不意打ちを食らって力が抜けてしまったのだろうか?
そう考えながら再び立ち上がろうとした彼女は、今度は全身に力が入らないことに気が付いた。
(ぐっ……何よこれ!?)
先ほどから続いている気持ち悪さも相まって、めまいがして壁にもたれかかって動けなくなってしまったベティーナは、ハァハァと荒い呼吸をし始めながらふと思ったことがあった。
(まさか、この矢に毒が……!?)
めまいに耐えながら先程引き抜いた矢を手に取り見てみると、嗅ぎ覚えのある臭いが鼻に入ってきた。
(この臭いってもしかしてさっきの薬品の!? ということは、私は……わ、たし、は……)




