492.スイッチ
まさか敵か? と金属製のドアの向こう側に隠れて身構え、息を潜めるルギーレ。
ドカドカと慌ただしく駆け上がってくる所から見ると、相当慌てているか急いでいるか。
魔物だったらすぐにドアを閉めようと決め、近づいてくるその足音の主を待つ。
(魔物じゃないことを祈ろう)
さっきの赤いスイッチを押したことでこの塔のシステムが色々と動き出したのはわかるが、また色々な形でそれによる「弊害」もあるかもしれない。
だからこうして身構えておけば、その弊害に対処できる可能性が少しでも増えるだろうと考えるルギーレの目の前に姿を現したのは……。
「おーい、どこだルギーレ!!」
「えっ……?」
階段の下から慌ただしく現れた足音の主は、何とパーティのリーダーのガルクレスだった。
この塔の姿が何も見えないと言っていたはずの彼がなぜここに?
疑問を抱きながらも、ドアの影から出て彼の前にルギーレは姿を見せた。
「……俺ならここだ」
「うおぉ!? な、何だよそんな所に隠れて……」
「魔物かと思った」
「ひでーなそれ。それはそうと、あんた一体何をどうやったんだよ?」
「ん?」
見るからにテンションが高い様子で話し始めたガルクレスに、ルギーレはまた首を傾げる。
「何の話だ?」
「何のって……俺たちにもこの塔の姿が見えるようになったんだよ!! かなりでかいなここ!!」
「……ああ」
ガルクレスの報告を聞いたルギーレは、外の様子がどうなっているのか一瞬で把握した。
「それはあれだ、この上に人喰いの遺跡で見つけたあの機械室みたいな場所がここにもあったんだ。案内するから着いてこい」
一旦金属製のドアの先を調べるのを中断し、ガルクレスを連れて三階のあの部屋に戻るルギーレ。
「ここがそうだ」
「へぇーっ、何だか見たことのない金属の塊ばかりだぜ」
この国では見慣れない設備の数々に、ガルクレスは驚きながらも一つのものに注目した。
「ん、何だこの赤いボタンは?」
「それを押したら……だと思うが、塔の姿があんたたちにも見えるようになったんだと思う。俺は最初から見えていたからどうなっているのかは知らないがな。それに、この塔の中で何かが色々と動き出しているらしいんだよ」
「この中……か」
スイッチを押した途端、この部屋の照明が点いたのを皮切りに、ブーンと機械に命が吹き込まれていく音が至る所からし始めたのがその証拠だろう。
しかし、それを聞いたガルクレスは突然の行動に出る。
「じゃあこれをもう一度押せば止まるってことか?」
「え、ちょ、おい……!」
ルギーレが止める暇もなく、ガルクレスはその大きな右手でポチッと赤いボタンを押してみる。
その瞬間シューン……と音を立てて部屋の照明が消え、目の前の設備も一気に消灯した。
ガルクレス自身には何も影響はない様子であるが、突然の彼の行動に驚いたルギーレは安堵の溜め息を吐いた。
「おいおいおい、勝手にいじんじゃねえよ!! これが入っていないとあの俺が隠れていたドアだってカギがかかっちまうんだから」
ガルクレスにどくように手で指示すると、もう一度その赤いスイッチを押して塔のシステムを起動させる。
そして、ルギーレはその時もう一つ気がついたことがあった。
「あれ? そういえばレディクとヴァラスは?」
「ああ、あいつらなら外で待ってもらってるよ。突然この塔が現れたもんだから驚いてな。そこで俺が単身ここに乗り込んで、探索するついでにあんたを捜しにきたってわけだ」
「ついでか……」
「そうそう。ついで、ついで」
そんなに自分の存在は軽く見られているのだろうか?
ルギーレは心の中に不信感を生み出しつつも、とにかくこれで塔が見えるようになったのだしガルクレスも実際にここまで来られているのだから、他の二人と合流しようと提案する。
その提案に乗ったガルクレスと一緒に塔の外に出たルギーレだが、待っていた二人の口から異口同音に驚きの言葉が出てきた。
「あ、ルギーレ!! 何なんだこの大きな建物は!?」
「こんなでっかい建物がどうしてこんな場所に……?」
「それよりもさ、何でさっきこれ一回消えたんだよ? 時間差で何か動いているのか?」
「僕たちも入ってもいいのかな、これは?」
矢継ぎ早に二人がほぼ同じタイミングで喋るので、ルギーレはまた溜め息を吐いた。
「……あんたら、できれば一人ずつ喋ってくれないか。俺は同時に話なんか聞けねえんだよ」
そんなにがっつかなくても……と呆れるルギーレに、まずはレディクからの質問が。
「さっきこの塔が急に現れて、そしてその少し後にまた空間に溶け込むようにして僕らの目の前から消えて行ったんだよ。一体何をしたんだい?」
「ええと……」
ルギーレはあの機械室にあった赤いスイッチの件について話す。
「じゃあその赤いのが、俺たちにこの塔が見えるか見えないかの話に繋がるんだな」
「そうらしい。でも一旦中に入ってしまえばガルクレスを見ていた限りは大丈夫だろうから、ここから先は全員で中を探索しようぜ」




