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478.ちょっと感動

「秘蔵書物庫? そんなのないよ、あの図書館には」

「え?」


 店の店主であるカウンターの中年の男が、ルギーレの身体から漂うその臭いに顔をしかめつつ、まさかの発言をぶつけてきたので臭いの主であるルギーレは唖然となってしまう。

 おいおいちょっと待て、それならヴァラスが聞いたその話は一体何なんだとルギーレは首を傾げる。


「俺は何年もこの町にいるけど、秘蔵書物庫なんてのがあそこにあるなんて聞いたことも見たこともないよ」

「いや、でも俺……一緒に旅をしてきた男からそう聞いたんだよ。秘蔵書物庫っていう場所があの図書館にあるって」


 まさかここの町にある国立図書館の話じゃなくて、ヴァラスがいっていた別の場所の国立図書館の話なのかと即座に考えるルギーレ。


「じゃ、じゃあ他に図書館のある町とか村とかって、どっち方面にどれぐらい行ったらあるんだ?」

「他には全部で三つだよ。一つは西の大都市にあって、一つは南の国境沿いの町にあって、最後に帝都に一番大きなものがある。でも、先に断っておくとしてその秘蔵書物庫ってのはどこの図書館にもなかった気がするよ」

「え、ええ~……」


 だったら自分が死に物狂いで逃げて、こうして臭いまでさせて質問している今までの苦労は全て水の泡となってしまったのか?

 その現実に、ルギーレはガックリと肩を落として下を向いて店を出て行こうとする。

 だが、そんな明らかに落ち込んでいるルギーレの背中に、別の人物から思いがけない言葉がかかった。


「ねえねえ、それって秘蔵書物庫じゃなくて機密書物庫の間違いじゃないのかい?」

「んっ!?」


 ルギーレに声をかけたのは店主の妻の中年の女だった。

 その妻の訂正に対し、店主も納得した様子で頷いた。


「ああ、それならここの図書館の三階にあるよ。でもそこは立ち入り禁止だったはずだけどな」

「えっ、そうなのか?」

「そうさ。機密書物庫っていうぐらいだから何だか大事な書物を扱っているって話だったよ。何かそこに用事でもあるのか?」


 自分が図書館に行った時の記憶を引っ張り出してそう問う店主に、ルギーレは一人の役者として演技を始める。


「あ、俺はそこで知り合いと待ち合わせをしてるんだよ。図書館の中で一緒に調べものをしようって話なんだけど、先に着いた奴が調べ物も先にしていればその待ち時間を無駄にしないだろうって。だから図書館の中の機密書物庫の近くで待ち合わせしてるんだ。でも俺、この町にくるのは初めてだから迷っちゃって」

「そうか、だったら道を教えてやるよ」


 そういって口頭で説明しようとする店主だが、店主の妻が提案をする。


「いや、地図を描いた方がわかりやすいと思うわ」

「そうだな」


 店主の妻はカウンターの下から羽根ペンと紙を取り出し、ササッと簡単な地図を描いてルギーレに手渡す。


「はい、これを持ってお行き」

「お、おう……ありがとう」

「それから言いづらいんだけど、あんたその恰好はどう見ても汚いし臭いぞ。裏に井戸があるから身体を少しは洗ってけよ」

「え、あ……どうも……」


 単なる冷やかしでやってきた人間、それにこんな臭かったら物乞いと見られて追い出されても仕方がないと思っていたのだが、それ所か世話をここまで焼いてくれるのは何故だろうと疑問に思ってしまう。


(まさか、こうして時間を稼いでいる間に騎士団やギルドの連中に通報するとか?)


 今までの展開からしてルギーレが即座に思い付いたのがこれだ。

 その予想がもし合っているとすれば、すぐにここから逃げ出して図書館に向かわなければならないだろう。

 そう思っていたのだが、店主の妻に「こっちだよ」と半ば強引に店の裏に連れられてしまい、結局ルギーレは井戸で身体を洗うことになってしまった。

 しかも脱いだ……というよりも脱がされた服まで洗濯され、店主が少し使えるという火属性の魔術で乾かされた。

 ここまでされる理由が真面目にわからないので、渡されたタオルで洗った身体を吹きつつ店主の夫婦に尋ねるルギーレ。


「何で俺にここまでしてくれるんだ?」


 どう見ても怪しい奴じゃないか、と疑問にしか思わないルギーレだが、この店の夫婦なりの考えはあるらしい。


「何だかさ、あんたを見ているとそんなに悪い人じゃない気がするのよね」

「……俺がか?」

「ああ。人それぞれ人生があるんだから俺たちの関わるべきことじゃないし、突っ込まないでおくよ」

「そう……してもらえると助かる」


 理由はどうであっても、自分にこうして世話を焼いてくれる人物がいるのも悪くないかもしれない……とちょっとだけ感動しつつ、描いてもらった地図を頼りにルギーレは国立図書館に向けて歩き出した。

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