473.エリアスの切り札
この魔物(?)の名前はアディラードというらしいが、本来ルギーレたちを相手にしていたはずの修練場のグループにとって、これを相手にするのはかなり劣勢である。
スピードはかなりゆっくりで、攻撃方法も上から下に向かって握った拳を振り下ろして叩きつけてきたり、地面を足の裏でこするような打点の低い蹴りをこれまた遅いスピードで繰り出すだけなので避けるのは容易である。
まさにジルトバートの親戚といわれてもおかしくないような、金属で構成されている赤い二足歩行のデザイン。
だが、ジルトバートと違って炎に包まれているだけあって、防御しようとすればそれだけで武器が使いものにならなくなってしまうかもしれないので、相手にとって脅威であるのはよくわかった。
それこそこんな世界なので、聖剣だろうが魔術だろうが人造兵器(?)だろうが何があったって不思議ではないのだ。魔術で人間が空中に浮かび上がり、自分を追うことができる世界なのだから。
(ジルトバートもそうだったが、こりゃあ反則だな……)
戦っている人間や獣人の約十倍の身長があるこの大きな相手。例えその攻撃がゆっくりだったとしても、まともに一発食らえば即座に命に関わるであろう。
だから何が何でも避けるしかないし、纏っている炎のせいで迂闊に近づくこともできない。
振り下ろされる拳の一発で土の地面がかなり陥没してしまう。
蹴りでも地面が大きく削り取られるため、地面の形状が変わってしまって足を取られないように攻撃を避けた後の行動にまで、かなり神経を使わなければならない。
この大きなアディラードのせいで、今まで数の暴力で優位に立っていた修練場のグループは一気に劣勢に追い込まれていくことになってしまった。
(このチャンスを逃してたまるかよ!!)
そうなると優位になるのはもちろん、ルギーレたち指名手配犯のグループである。
ガルクレスたちがアディラードの攻撃に巻き込まれないように注意しつつ一人ずつ潰しにかかる一方で、ルギーレも残っている修練場のグループを殲滅しに向かった。
アディラードの攻撃でよろけている相手の懐に一気に飛び込み、心臓を一突きにしたり衝撃波を繰り出して仕留める。
前に背後からの奇襲で二人の冒険者に殺されそうになった経験を活かし、他のメンバーたちとともに一人残らず殲滅しにかかる。
(このまま一気に突破して脱出だぜ!!)
それは闘技場を出て、修練場の出入り口にたどりつくまでも変わらない。
「善意の通報者」が誰なのかわからない以上、自分たちの姿を見た者を生かしておいたらまたギルドに通報されてしまうのは目に見えている。
なのでそれを阻止するためにも、なるべく全員殲滅した上で脱出を図りたいと思っていた矢先、ルギーレは仕留めた一人が最後に残したセリフが気になった。
その仕留めた人物というのは、仲間内の手合わせの前に会話をしていたあの修練場の職員であった。
彼もまた槍を持って襲いかかって来たものの、その槍をレイグラードの衝撃波で弾いてから喉を狙って突きを繰り出すルギーレ。
だが、いつも確実に仕留められる訳ではないので首に刺さっただけで終わってしまった。
それでも相手を無力化するには十分だったので、地面に仰向けに倒れた彼を目かけてとどめを刺そうとするルギーレ。
しかし、その倒れた職員の口が動いて何か言おうとしていることに気が付いたので耳を近づける。
「何がいいたいんだ?」
「くそ……帝国のギルドが世界を席巻する前にここで終わるなんて……」
「は? おい、それはどういうことだ!? おい、答えろ!!」
思わずレイグラードから手を離して、両手で彼の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶるルギーレ。
が、職員の方はそれが最後の言葉となってしまったらしく、そのままガックリと首を力なく斜めに傾けて息絶えてしまった。
「……ちっ!!」
大事なことを最後まで言わないまま死なれてしまっては、ルギーレとしても殺しても殺しきれない、悔しくそして複雑な心境になってしまう。
だが、今はそれよりもこの地獄絵図になった修練場から脱出する方が先だと思い直し、手放したレイグラードを再び拾い上げてルギーレは再び出入り口に向かって他のメンバーと共に進み出す。
心に引っかかることを色々と残しながら……。




