472.世の中、やっぱり甘くない
結論から言えば、ルギーレがレイグラードの力をフルに発揮したことによって手合わせは終了してしまった。
それもたった三十秒という短い時間で、自分以外のパーティーメンバー四人全てを倒して……である。
素早い動き、人外を思わせるぐらいの力、そして広範囲の衝撃波に、魔術さえも弾き飛ばす斬撃の数々。
かなりの強さだという実力も示したことだし、これでようやく目的の地図がもらえると安心するルギーレ一行。
だが、まだそう簡単にはいかないらしい。
「約束だ。これであんたたちに俺の実力は証明できたはずだから、俺たちもさっきの地図をもらって帰るぞ」
約束だからなとルギーレが右手を差し出すものの、修練場の雰囲気が何だかおかしいことに気が付いた。
それに気がついたルギーレが無意識に警戒して手を引っ込めると同時に、目の前の男が口を開く。
「ところで、あんたらは遺跡について調べているんだったな?」
「ああ」
そこまでなら普通のやり取りだが、ここから一気に展開が変わった。
「それとは別の話なんだがな。ついさっき、指名手配されている男が修練場にきているって善意の通報者がいたんだよ。それで、その特徴を持っている男があんたしかいないってことは……」
「……何が言いたい?」
この後に修練場の男の口から言われるであろう答えは、ルギーレの頭の中でも既に出ている。
しかし、それを引っくるめても男の口から直接答えを聞かなければ納得できそうになかった。
イライラした口調で男にそう尋ねるルギーレに対し、いったん自分の後ろを振り返った男は、その方向にいる大勢の修練場の仲間たちに向かって声を張り上げる。
「おいお前ら、準備はできてるか!?」
その確認の叫び声に対し、修練場に集まってきていた男女問わずそれぞれ愛用の武器を掲げる。
その反応を見て満足げに頷いた男は、再度ルギーレの方を振り返って宣言した。
「俺たちもあんたらを捕まえろってギルドの連中から言われてるんだよ。だから全員ここで捕まえさせてもらうぜ!!」
会話の流れからルギーレたちは既に臨戦態勢だったが、いかんせん修練場の利用者と職員たち全てが敵になった状態ともなると人数差が大き過ぎる。
「くっそー!!」
「善意の通報者」が誰なのかを考える余裕は勿論ないので、まずは何よりも最優先でこの修練場からの脱出を図る。
修練場の一角にあるこのコロシアム状の小さな闘技場からまずは抜け出し、自分たちのワイバーンを預けてある修練場の入り口付近まで何とか辿り着かなければならない。
だからこそ、パーティメンバーはここでくたばる訳にはいかないのであるが、なかなか難しそうな展開でもある。
「く……っそ!!」
ルギーレはコロシアムの中心にある石舞台の上で戦い、なるべく大人数を一気に相手にしないようにしている。
レディクとエリアスは、その石舞台をぐるりと囲むように設置されている階段状の観客席の上に移動し、その階段の高低差を利用して下から向かってくる修練場の敵を、魔術と弓矢で正確に射抜いていく。
ガルクレスとヴァラスは自分の今までの経験を駆使して、どちらかがワイバーンの元へ向かえる様にまずはこの闘技場からいち早く脱出を図ろうとしていた。
それでも、修練場の冒険者と職員の連合軍には数にものをいわせる戦法を取られてしまっているため、五人全員が苦戦していることには変わりなかった。
「ちきしょう、数が多すぎるぜ!!」
「これじゃなぶり殺しだよ!!」
しかも逃げようにもここは五人全員の誰もきたことがない場所なので、地の利は当然修練場の利用者や職員たちにある。
闘技場は屋外にあるので、ワイバーンさえあればそのまま飛び去ってしまうことができる。
……のだが、肝心のワイバーンが修練場の入り口に置きっ放しなのも、ますますこの五人が逃げられない原因になっていた。
ワイバーンが自分の意志でここに飛んできて、そして自分たちを助けてくれないか……らと突拍子もないことまで考えてしまうぐらいに追い詰められるパーティメンバー一行。
(もう……もう、ダメなのか!?)
今までどんな苦難も乗り越えて来たはずだったのに。
ここで自分は終わってしまうのかとルギーレの顔に焦りの色が見え始めた一方で、エリアスはあれを出すことを考えていた。
(この状況ではこれも止むなしか……!!)
そろそろ手持ちの矢の数も少なくなってきているので、もう仕方がないと覚悟を決めてエリアスはコートの内側に手を突っ込む。
そこから取り出したのは、折り畳み式になっている豪華な装飾が施された一本の杖。
それを右手に持ち、空に向かって高く掲げる。
するとその杖の先端が赤く光り、先端から発射された細い赤い光線が大きな一つの塊を作り始める。
「な、何だあれ……!?」
「何だぁ!?」
戦っている場所は違えど、ルギーレもレディクもそれから周りの修練場の冒険者や職員たちも突然現れたその大きな影に戦いを忘れて見入ってしまう。
それは以前、ルギーレがこのアーエリヴァに入った時に遭遇したジルトバートを思い出させるものだった。
(お、おいおい……あの時のあいつみたいなのがまた出てくるのかよ……!?)
しかし、そのジルトバートとは違ってそれは全身が炎に包まれているのでインパクトは更に絶大である。
「いけっ、アディラード!!」
唖然とする一行の前で、エリアスのかけ声と共に殲滅戦が開始された。




