465.油断大敵
その三十秒後、二人の冒険者たちは地に倒れ伏していた。
「う……」
「つ、強すぎる……」
仮にも聖剣の使い手であるルギーレは、もはやこのレベルの冒険者には負けないだけのレベルになっていた。
もちろん、この二人もそれなりの実力者である。
しかし盾で攻撃を防ぎながら、ノレバーに一気に接近したルギーレは彼に前蹴りを浴びせ、その衝撃で彼が落としたレイグラードを拾い上げる。
その後はレイグラードの本領発揮とばかりに強力な衝撃波を繰り出し、二人まとめて吹っ飛ばしてすぐに決着をつけたのである。
(何とか勝てたか……)
一息着いたルギーレは改めて盾を背負い、階段に向かって歩き出そうとした所で気がついた。
(あれ? そういえばこの遺跡は何も番人みたいなのがいないんだな?)
先ほどもそれは考えたのだが、今こうして改めて考えてみても最初の遺跡のように魔物などの番人がいないことに戸惑うルギーレ。
しかし実害が無いならそれはそれで助かるので、ルギーレは冒険者二人をそこに残したままで遺跡から出ようと歩き始める。
……が。
「……っん!!」
「うお……っ!?」
痛みに耐えつつ気配を極限まで殺して立ち上がったドラソンが、盾を持ってここから去ろうとしているルギーレに短剣を構えて一気に接近。
それに気がつくのが遅れたルギーレは、振り向いた時には既にドラソンの攻撃をかわせない所まで接近されてしまっていた。
(くっ……)
人間は死ぬ間際になると、今までの人生の中のでき事がまるで走馬燈のように駆け巡るという。
ルギーレもこの瞬間、生まれてから今までのでき事が脳裏に浮かんでは消えて行くのを繰り返した……ような気がした。
ドラソンの短剣の凶刃が迫る。
せめて少しでもダメージを減らすべく、刺さるのを覚悟で身体を捻って回避の動きをするルギーレ。
(避け切れないならせめて……っ!!)
時間にしては数秒だが、その中で瞬時に痛みを覚悟したルギーレの後ろからヒュッ……とかすかに風を切る音がした。
それと同時に、迫っていたドラソンの短剣の軌道がぶれて彼の勢いも止まる。
「うぐっ……!?」
結局、短剣は刺さることがなくルギーレの横を通り抜けて行っただけに終わる。
そして、ドラソンの身体が風の刃で切り裂かれているのを一瞬だがルギーレは確認できた。
「……え?」
スピードが落ちて足がもつれ、自分の横で力なくうつ伏せに倒れこんでいくドラソンを見て何が起こったか理解できないルギーレは、その目の前の光景をただ茫然と見守るしかできない。
それでも何とか理解をしようと脳を働かせる彼の後ろから、聞き覚えのある男の声がかかった。
「……ふー、危なかった。最後まで油断するなよ君も」
「はっ!?」
その声にまさかと思いつつ後ろを振り向けば、そこには愛用の魔術の杖を構えたままルギーレに忠告するレディク・ルバールの姿があった。
「最後まで油断はできないよ? 何が起こるかわからないんだからさ」
「あ、ああ……助かったよ」
「僕をバックアップにしておいて良かっただろう?」
「そうだな。あんたのいう通りだったし、即席で全員で作り上げたシナリオにしては大成功だ」
「僕だけじゃなくて他のみんなにも感謝してほしいね」
「もちろんだ」
ルギーレは今度こそホッと一息つこうとするが、彼の目の前で再びレディクが素早く杖を構えて叫ぶ。
「……伏せろ!!」
「っ!?」
突然の大声に驚きつつも、自分の身体だけはレディクのいう通り限界まで地面に伏せるルギーレ。
次の瞬間、再び発動したレディクの風の魔術が今度は新たな敵を貫いた。
「うっ……」
続いてその敵……気絶させた筈なのに、まさかのすぐに復活を果たしてきたノレバーも崩れ落ちる。
相棒を目の前で殺されてしまった敵を討つべく、同じく静かに弓を構えたノレバーだったがそれもまたレディクに見られてしまい、愛用の弓を引き絞り切る前に絶命する結果に終わった。
「ふぅ……そうか、もう一人いたんだな。僕も油断していた」
今さっき自分がルギーレに言った「油断するな」とのセリフは自分にも伝えなければならないと反省し、レディクは完全に周りの気配が消えたことを確認して杖を下ろす。
「よし、これでもうここに用は無くなったからもう出よう」
「ああ。モタモタしていればこの二人が呼んだっていう増援が来るだろうからな」
こうして、ギルドのメンバーである冒険者二人も退けることに成功したルギーレは、大事な教訓を得た上で遺跡を後にする。
この展開は、最初にルギーレが二人に出会った時に「ローグ」と冒険者たちに対して名乗って、作戦を練ってから先に宿屋の中に入った……あの夜の時から既に始まっていたといってもいいだろう。
「でもあの夜は本当に驚いたよ。部屋に入ってくるなり僕たち全員起こされて「何事だ!?」って思ったからな」
「悪かったな」
「別に謝ることなんてないよ。おかげで大事な宝を奪われずに済んだんだからさ」
二人がルギーレのことを怪しいと思っていたのと同様に、ルギーレもあの会話を耳にしてから「この二人は敵だ」と判断していた。
それをわかった上で部屋に戻り他のメンバーを起こし、リーダーのガルクレスを始めとして作戦を練ってくれるように頼んだのである。




