447.願いと別れ
「……そういえば……」
ルギーレのセリフに他の四人も自分の足元を見つめてみる。
すると、さっきまでそれぞれの靴の底でビチャビチャと跳ねていただけだった水が、明らかに自分の靴底を覆う位まで上がっているのが分かった。
「こ、これってまさか……」
「噂は本当だってことかしら?」
「そうとしか考えられないだろう。どうするんだガルクレス、このまま水位が上がり続けたら俺たちは全員水の底に沈んでしまうんじゃないのか?」
得体の知れない恐怖が現実となって五人を襲うが、それでもガルクレスは諦めようとしない。
「落ち着けよ。まだちょっとだけ水が増えただけだろうが。それにまだ出入り口からそんなにきていないんだし、これから先が重要なんだろうしな」
まだ進軍を続ける気が満々のガルクレスに対し、ルギーレは躊躇する素振りを見せつつも自分から遺跡を回って手がかりを集めたいと言い出した以上、進軍を無理にストップさせることは今の状況では出来そうになかった。
「さっきから聞こえる音も気になるが……、問題はこの水位の上昇が、どういうタイミングで、どれぐらいのスピードで続くかだろうな」
「そうだねえ。何か侵入者に反応して上がってきているのが最も有力かと思えるけど、まだ何とも言えないしねえ」
ヴァラスとレディクの分析を聞いて、ルギーレは先に進む決意を固める。
「もう少しだけ先に進んでみよう。ここには俺が来たいと言い出した以上、ここで「やっぱやーめた」とは言えないからな」
ルギーレはそう言って、ガルクレスの横に続く形で歩き出す。
石造りの通路を歩き回り、とにかく最深部を目指すために歩き続ける一行。しかし、時間が経つに連れて明らかに足元の水位は上昇してきている。
「何だよこれ……」
「ねえねえ、明らかにさっきより水が増えてるよ!?」
「おいおい、これは引き返さないとまずいんじゃないのか、ガルクレス!!」
ヴァラスとレディクは明らかに慌てているリアクションをし、その横からエリアスが退却を促す。
「まだだ! まだ膝の中央部ぐらいまでだ」
「いや、結構来ていると思うが……」
これは流石に言い出しっぺのルギーレも引き返すように忠告するが、ガルクレスの目は嫌な感じでギラギラと輝いている。
「くそ……分かった、太股まで来たら引き返すぞ!!」
ガルクレスがタイムリミットをそこまでと定め、更に進軍を続ける一行。
かなり出入り口からも離れてしまったので、引き返すならそれが限度かと考えて恐怖心と闘いながら先に進む。
これ以上水位が上がってくれないことを切に願いつつも、それでもここまできてしまった以上簡単に引き返す訳にはいかない。
そんな不安と恐怖に押し潰されそうなシチュエーションの中で、魔物と出会わないのだけはまだ救いがあった。この状況で魔物と出会っていたら水で動きが制限され、間違いなく勝てなかっただろう。
「ここはそれなりに広いな……」
やがて通路を抜け、それなりの広さの正方形の広場に出る。
その広場には、過去に脱出に失敗して水に飲まれたであろう人骨が所々に落ちている。
となればこの辺りで以前のチャレンジャーたちが力尽き始めたらしい。
「時間の経過で水位が上がっているとすれば、これは明らかに僕たちを先に進ませる気がないんじゃないのか?」
エリアスが自分の予想を述べるも、ガルクレスの答えは無言だった。
だが、その一方で別のことが気になっているルギーレ。
「なぁ……さっきから聞こえる変な音なんだけどさ、何かだんだん大きくなってきてないか?」
「え?」
「だから何の音なんだよそれ? 僕にはさっぱり聞こえないよ」
エリアスもレディクも聞こえない。
どうも自分だけに聞こえているらしい……とルギーレは戸惑いながらも、さっきから断続的に聞こえるピーッ、ピーッという音が気になって仕方がなかった。
(この音……本当に何なんだ?)
遺跡に入る前までは聞こえてきていなかったので、自分が何か耳鳴りなどの持病を持っているとかではなく、この遺跡の中から聞こえる音に間違いないと断定はできている。
問題はそれが「どこから聞こえてきているのか」という話だ。
「俺たちがここに入ってから聞こえてきているんだが、それが大きくなっているってことは明らかにこの先から聞こえてるんだよ」
「じゃあ、遺跡の奥に何かがいるかも知れないってことか……?」
通路の奥に向かって指を差すルギーレに、ヴァラスが怪訝な目でその通路の先を見つめる。
「ああ。そうだと思う。それが何なのかは分からないけどな。俺にしか聞こえない音っていうのもかなり不思議だが、この水位の上昇と関係があるのかも知れない」
あくまでも予想だけど、と一言付け足すルギーレだが、その傍らでレディクがあるものを発見する。
「……あれ、何だろうこれ?」
「どうした?」
レディクが広場の壁に設置されている、明らかに奇妙な埋め込み式のレバーを発見。
それは上を向いたまま止まっており、いかにも「下ろせるものなら下ろしてみろ」と言わんばかりに異質な存在感を放っている。
「何か仕掛けがあります、って感じのレバーだけど……下ろしてみるか?」
ルギーレが他のメンバーの方を振り向いてそう尋ねてみるものの、四人の表情は特に変わらないので下ろしてみることにする。
「じゃあ下ろしてみるぜ……」
レバーに手をかけ、思いっ切り下に引いてみるルギーレ。
だがその瞬間、ルギーレの足元の床がガコンと抜け落ちた。
「……へ?」
何が起こったか分からないまま、ルギーレは穴の中に大量の水とともに流されていった。




