446.変な音
その問題の命食いの遺跡……バルトクス遺跡はそれなりの広さがある森の中に存在していた。
遺跡までの道順は至る所に立て看板があったので迷うことはなかったものの、実際にそこに向かってみると大きく視界が開かれている湖の中に橋で繋がっていたのだ。
その湖の淵までやって来た一行だったが、そこで身震いするような感覚をレディクが最初に覚える。
「ん……この湖からは異様なまでの魔力の強さが感じられるね」
「俺もだ……」
パーティーのリーダーであるガルクレスも、彼なりの気配察知能力で感じるものがあるらしい。
「ここはやばいって俺の本能が告げている。恐らくこれは……ここで命を喰われたっていう生物たちの魔力が全て溜まっているんじゃないのかな」
「引き返すなら今の内だぞ?」
エリアスがそう忠告するものの、ガルクレスは首を横に振る。
一行が見据える先には、湖の端から繋がっている縦長の長方形型の入り口が、まるで獲物を待ち構える怪物の口のように暗闇を伴って待ち構えている。
「ここまで来たんだったら行くしかないだろ。このドラゴンに会いたいって男の手がかりを探しに来たっていうのもあるんだからな」
そう言いながらチラリとルギーレの方を見るガルクレスだが、当のルギーレは妙に落ち着いている表情である。
「それじゃ準備は良いか?」
気を取り直してパーティメンバーたちにガルクレスがそう尋ね、それぞれが頷きを返したのを見て彼を先頭に歩き出す。
そのバルトクス遺跡の中は、湖の中にあることと湖から突然現れたこと、そして水がせり上がって来ているという情報通り水浸しであった。
ビチャビチャとそれぞれの靴と地面の間で水が踊り、薄暗い遺跡の壁や床に音となって反響する。
「魔物の気配はあるか?」
「ん……いいや、今のところは全然ない。だがいつ魔物に襲われても良いように各自用心しておけよ」
今まで戦場で培ってきた経験と勘をフルに駆使するガルクレスが、ヴァラスからの質問にそう答える。
現時点では水がせり上がって来る気配はないのだが、いつその噂の出来事が起こるかもわからないので緊張感が抜けない一行。
しかしその中で、ルギーレはさっきから聞こえる妙な音が気になって仕方がなかった。
「なぁ、ちょっと良いかな?」
「どうした?」
「進むの一旦止めて、耳を澄ませてみてくれないか? さっきから何か変な音が聞こえるんだよ」
「えっ?」
ルギーレの意味深なセリフに、他のメンバーも足を止めて言われた通りに耳を澄ましてみる。
「……別に何も聞こえないぞ」
「私も何も聞こえないな。エリアスは?」
「僕も全然何も聞こえないぞ。ガルクレスは?」
レディク、ヴァラス、エリアスの三人は何も聞こえないようなので、パーティーのリーダーであるガルクレスにその音が聞こえるかどうかを尋ねてみる。
だが、彼も耳を澄ませたまま首を横に振った。
「俺もさっぱり何も聞こえないな。あんた、どんな音が聞こえてるんだよ?」
自分たちに聞こえないような音をキャッチしているのか? と訝しげな視線を向けるガルクレスだが、ルギーレはやっぱり変な音が聞こえるのだという。
「何ていうのかな……断続的に聞こえて来てるんだけど、何かこう……耳鳴りみたいな音がさっきから聞こえてるんだ。ピーッ……ピーッ……って……」
しかしそれを説明しても、聞こえていない他の四人に分かるはずがない。
とりあえず、今の自分が聞こえているその音の詳細を伝えるだけにしておくルギーレ。
「僕たちには何も聞こえないけどなぁ。あんた、もしかして耳鳴りとかの持病を持ってたりする?」
「いやぁ、全くそんなことはないぜ」
ルギーレの身体の不調を疑うエリアスだが、当のルギーレは打撲や骨折といったケガの経験はあっても、耳鳴りとかの症状は今まで寝不足やストレスの時以外で出たことがない。
だがもし本当に耳鳴りだとして、それが持病でないとすれば自分が緊張から耳鳴りを誘発しているのだろうか? と不安になるルギーレ。
「その変な音ってのは気になるが、ここで立ち止まっていても始まらねえ。とにかくさっさと先に進むぞ」
ガルクレスが先に進むことを促し、この話題を一旦切り上げて五人は再びバルトクス遺跡の奥に進み始める。
相変わらず聞こえて来るその音が気になるものの、確かに先に進まないと話も進まないと判断してルギーレもその四人について行く。
(何だろうな……この音)
前を見ながら進んで行くが、その音が気になる余り足元の水浸しの地面を見て気を集中させるルギーレ。
そんな彼の行動が、今度は別の異変を知らせることに繋がった。
「……あれ?」
疑問の声をあげてピタリと立ち止まったルギーレに、またか……と若干うんざりした表情で前の四人が振り向く。
「今度は何なんだ?」
ヴァラスがやや面倒臭そうにそう尋ねるが、ルギーレは地面を見つめたまま衝撃の事実を口に出す。
「おい……この水面、さっきよりも少しだけ上に上がって来てんぜ!?」




