43.交渉
なぜ彼がここに? というのは二人の共通の疑問だったが、このままドアを挟んで会話をし続けるわけにもいかず、ヴァンイストはルギーレに来室の用件を尋ねる。
「どうされたのです?」
「ディレーディ陛下にお願いしたいことがあって来たんですけど、不在だったらまた後で来ますよ」
「あー……陛下は今回の事件でいろいろと多忙になっておりまして、今日は戻ってこられないですね。私はこれから陛下のもとに向かう予定でしたから、代わりに用件をお伝えしましょうか?」
「え、いいんですか?」
「はい。こんなところで立ち話もなんですから、中の椅子へどうぞ」
彼を部屋の中に招き入れたヴァンイストは、来客用に用意されている応接セットの赤い革張りの椅子に座ってルギーレと向かい合った。
そして、同じく座っているルギーレからその用件を聞く。
「で、いかがなされたのです?」
「ええと、レイグラードを俺に下さい」
「はい?」
単刀直入にそう言い切ったルギーレに対し、ヴァンイストは目を丸くしてあっけにとられた表情を作る。
「それはどういう……?」
「俺、ちょっと考えたんですけどね。あの剣がここにあると、またこの城が襲われる可能性があるんじゃないかなって」
「ん?」
突拍子もないことを言い出したルギーレだが、彼には彼なりの考えがあってのこの提案である。
「あのレイグラードを狙っている輩は大勢いると思うんです。特にあの黒ずくめの連中は危険です。俺とルディアが誘拐されたのも、この城と魔術研究所が燃やされたのもすべてあいつらの仕業ですから」
それに、とルギーレはもう一つの理由をヴァンイストに告げる。
「俺……強くなりたいんです」
「強くなりたい?」
「はい。でも今の俺はまだあの剣の力を借りないとどうしようもない人間です。それにあの黒ずくめの男たちをここに引き寄せたのは、俺の責任も少しはあると思っています」
だからこそ、あの男たちとはいつか決着をつけなければならないだろう。
ルギーレなりにこう考えた結果の話だったのだが、ヴァンイストは首を横に振った。
「了承できかねますね。あれは一度、国のものとして保管していたのですから。研究所では特例であなたに貸し出したという扱いだったのですよ」
「でも、あれがなかったらきっとあいつらも追い払えなかったと思ってるんです。それに他の人にはあの剣の真の実力は発揮できないって、漠然とですがそう感じています」
ルギーレも一歩も引かないが、ここでヴァンイストはこんなことを言い出した。
「その気持ちはわからないわけではありませんが、もしそうだとしたらあなたはあの伝説の冒険家、ルヴィバー・クーレイリッヒの血を引いているということになるのではないでしょうか?」
「んん?」
今度はヴァンイストのほうから突拍子もない話が出てきた。
自分があの伝説のルヴィバー・クーレイリッヒの血を引いている? そんな馬鹿な。
ルギーレは相手が宰相なのにもかかわらず、思わず鼻で笑ってしまった。
「何がおかしいのです?」
「いや……だってまさかそんなヨタ話をされるなんて思ってもみませんでしたからねえ。俺があのルヴィバーの血を引いているなんてそんなこと、天地がひっくり返ってもありえないですよ」
確かにルヴィバーは、レイグラードを使って世界中のありとあらゆる戦場で活躍した記録が残っている冒険家である。
その彼と同じレイグラードを使っているからと言って、まさかそんな予想につながるなんてこの宰相はいったい何を考えているのか? とルギーレは半笑いで呆れてしまう。
一方のヴァンイストは、下手をすれば不敬罪で牢屋に入れられてもおかしくないルギーレのその態度を特に気にするそぶりもなく、話をさらに続ける。
「ですがあなたは、以前お聞きしたところによると自分の生い立ちをご存じないのでしょう?」
「生まれってことですか? それならわからないですね。俺はもともと捨て子で、それから孤児院であの勇者マリユスと一緒に育ちましたから」
「私が引っ掛かっているのはそこなんです。あなたの活躍を話に聞いて、どうして捨て子だったはずのあなたがレイグラードを使うとあれだけの強大な力を発揮できるのかということがどうしても腑に落ちません」
そう言いながら椅子から立ち上がったヴァンイストは、おもむろにガサゴソとディレーディの執務机の引き出しの中をあさり始めた。
それを見たルギーレが思わず声を上げる。
「ちょ、ちょっと何してるんですか!? 陛下の机を……」
「大丈夫です。この中にある書類は私も知っているものばかりですから……っと、これだ」
ルギーレの心配をよそに、ヴァンイストはある一枚の紙を引っ張り出してきた。
そしてそれを、本来は部外者であるはずのルギーレに見せてきたのだ。
「え、これを俺に見せちゃってもいいんですか?」
「はい。そのために私はこれを出したのです」
その書類に目を落としたルギーレが見たものは、今まで見たことも聞いたこともないレイグラードの情報だった。




