437.追っ手
だが、まだまだ彼には試練が待ち受けているらしい。
とりあえず寝て体力を回復させようとしたものの、再びバタバタと足音が聞こえてきた。
「……え?」
「おい、貴様っ!!」
疲れで眠りに入ろうとしていたルギーレが、身体と頭をその音が聞こえてくるドアの方に向けてみる。
するとそのドアがいきなりバンッと激しい音とともに開かれ、雷が落ちたかのような大声がベッドの上で身を回転させたルギーレの耳に届く。
ルギーレはその声に聞き覚えがあった。
「な……何でお前がここに……!?」
なぜ彼がここにいるのだろう、と心のざわめきを隠せないのはルギーレだったが、それよりも前にやるべきことがあるのは間違いない。
(まずい、ここからさっさと逃げないと……!!)
月明かりと部屋の外の廊下の明かりを頼りにいく目を凝らしてみれば、声の主とはまた別にもう一人別の人物がいるらしい。
だが、今はじりじりと近寄ってくるその人物たちから逃げることが何よりも先決だ。
ルギーレは被っていた毛布をその人物たちに投げつけ、一瞬二人が怯んだ隙にさっきガルクレスがついてくれた嘘を本当にする形で宿屋の二階から飛び出した。
「くそっ、待てぇっ!!」
(待てといわれて誰が待つか!!)
そんなツッコミを心の中で入れつつ、ルギーレはさっさと逃走を図る。
その二人もギルドの仲間たちを呼び集め始めたので、またこういう展開になってしまうのかと心の中でうんざりしながらルギーレは帝都を逃げ始める。
こういう時には素早い動きと薄暗い景色が味方してくれる。なぜならギルドの追っ手が目の前に立ち塞がっても、レイグラードの加護によって大抵は彼の方が身軽なので、その素早さを活かして脇をすり抜けることができるからである。
事実、目の前にワラワラと立ち塞がる追っ手たちを上手く素早い移動で避け、またある時は立ち塞がった追っ手に体当たりしつつ、その追っ手の身体を持ち上げる。
そして向かってきた別の追っ手に向かって投げつける。
「あの男……このまま上手く逃げ切るつもりだ!!」
そうはさせてたまるか、とばかりに最初の二人の追っ手も走ってルギーレを追いかけ続ける。
既に立ち塞がる追っ手たちを薙ぎ倒し、まるで巨大な魔物の気分になったルギーレは追っ手たちからこうして逃げ切ろうとしている。
しかし事態を察したギルドの追っ手たちが、自分たちの数の利を活かしてこの帝都内からルギーレを出さないように包囲網を固め始める。
「ちっ!!」
このままではまずい。
相手は大人数のギルドの追っ手だし、なおかつ追っ手たちはたった一人のルギーレとは違ってこの帝都の地理を把握しつくしているのもあってすぐに囲まれる危険性があり、そんな連中に真っ向勝負なんて挑める訳がないのだ。
だから立ち塞がる相手は素早く薙ぎ倒し、時には戦わずに素早く逃げる。
そうして帝都内を縦横な尽に駆け回って逃げ続けていたルギーレであったが、最初に自分が侵入経路として使用してきたあの地下水路の出入り口の倉庫を目の前にして、とうとう最初の追っ手二人に追いつかれてしまった。
(くそ!)
焦りつつもここからどうすればいいかを考え、とりあえず倉庫の中に入って水路の中を通ろうとしたルギーレの前に、二人の男が立ち塞がった。
その二人はルギーレを捕まえるべく躍起になっているギルド所属の一人カインと、以前ルギーレと揉め事を起こしていた痩せ身のシャムシール使いのあの男だ。
「そこまでだ、大人しくしろっ!!」
「逃げ場はないぞ。観念するんだな!」
そう言いながら痩せ身の男がシャムシールを構える横で、カインも愛用の槍を構えて、ルギーレを二方向から取り囲む形でジリジリと歩み寄る。
「油断するなよ、こいつはなかなかすばしっこいぞ」
「ええ、かなり強いみたいですしね。行きますよカイン様!」
「……」
どうやら見逃してくれそうにないその二人を見て、ルギーレはやれやれと首を横に振った。
「悪いが、俺もお前たちにこれ以上追いかけ回されたくないんでね。大人しく引き下がってくれねえか。今ならまだ見逃してやってもいいぜ?」
レイグラードの怨念がどうのという話もあったので、ここまでくるのにルギーレはレイグラードをなるべく使わずに突破してきた。
それでもその二人は戦闘態勢を解こうとはしない。そうなるとこの状況で自分に逃げ場がないのであれば、こちらとしてもやるしかない。
他の追っ手たちがここにくる前に短期決着を目論むルギーレを見て、彼を生かして捕らえるべく、ギルドの傭兵の二人もルギーレに向かってきた。




