435.帝都メルディアス
川下りを終えたルギーレは、その川から続いている帝都メルディアスの地下に広がっている地下水路を歩いていた。
魔術で照らされているランプが等間隔に壁に掛けられており、明かりは問題ないのだがこの臭いだけはいかんともしがたい。
(ドブ臭い所だな……)
臭いに顔をしかめつつその地下水路をしばし歩くと、やがて地上に続く階段が現れた。
その階段を上ってみると、どこかの倉庫らしき場所に出た。
しかも運の良いことに見張りが居眠りしているので、その横をゆっくりと通り過ぎて横のドアからメルディアスの街中に潜入することが出来た。
(帝都メルディアスか……。久しぶりに来たな)
ルギーレは何度目かに訪れた場所なのだが、夕暮れから夜になろうとしているにも関わらず人通りがまだまだ多い。だがその分、自分の姿を隠すのはそれなりに簡単そうなのが救いだった。
(さて、まずは黒曜石の神殿というシンボルがどこにあるのかを聞かなければな)
久しぶりなのですっかり何がどこにあるのかも忘れてしまっている。
まずは合流場所としてガルクレスと決めた黒曜石の神殿を目指し、ルギーレは手近な人間に場所を聞いてみる。すると確かにシンボルといわれる場所だけあり、すぐにその建物を発見することができた。
その建物を見上げ、ルギーレは自分の頭の中で思い描いていたイメージと違うじゃないかと思わず考えてしまう。
(あーこれか。神殿っていうけど縦に長いタワーみたいな建物だな)
シンボルとして存在するタワー状の建物が、このアーエリヴァ帝国の帝都にも存在していた。
こうしてすぐに合流場所が見つかったのは良いが、問題はここからであると確信した。
(余りこの辺りをうろつく訳にも行くまい)
そう、味方がいるとはいえども自分は追われている立場の人間。
さっさとマルニスやセルフォンの情報を集めて退散しなければならなくなっている今、ルギーレは動きたい気持ちと隠れたい気持ちの間で葛藤していた。
(どうすりゃ良いんだ……どうすりゃ……)
ここに居続ければ何かしらの情報が手に入るのかも知れないが、かといって居続けるのはギルドの連中に見つかるリスクがどんどん大きくなってしまう。
(とにかく、マルニスやセルフォンに関する情報が集められそうにないってわかったら、さっさとどこか違う町とか村で情報収集だな)
目立たないように一旦どこか物陰に身を隠そうとしたルギーレだったが、彼の耳に聞き覚えのある声が聞こえてきたのはその時だった。
「あ、いたいた」
その声が自分の斜め前から聞こえてきたので、ルギーレがそちらに顔を向けてみると、そこには見知った顔があった。
「ああ、そっちもきちんと入れたみたいだな」
安堵したようにそう言うルギーレだが、ガルクレスはどこか不満げな表情だ。
「俺は正規の手順を踏んでちゃんとここに入ってきたんだ。俺よりも自分の心配をして欲しいぜ。……それはそうといつまでもここにいたら怪しまれるから、さっさと宿屋に向かうぞ」
「宿屋?」
どうして宿屋に行くんだ? と首を傾げるルギーレだが、ガルクレスは空を指差して再び口を開く。
「どうせもう帝都から出ても他の町や村に行く場所も時間も無いからな。だったらここで一晩休んで、明日からじっくりここで情報を集めようぜ」
そういえばばもう夕方だったな、と再確認したルギーレは彼の先導で予約した宿屋に向かった。
その宿は一階が酒場になっているようで、ギルドへの登録をしたり依頼もここの酒場で請け負うことが出来るらしい。それに、この酒場こそがガルクレスと出会ったあの酒場のチェーンの本店らしく夕方でもなかなか活気がある。
「晩メシもここで食うんだろ?」
「ああ。メシ食ったらそのままさっさと寝るよ」
運良く二人部屋が取れたので、ルギーレとガルクレスは荷物を置いた後にこれまでの疲れを癒すべく、まずは栄養補給の為に酒場となっている一階へ向かう。
が、その酒場でもルギーレはトラブルに巻き込まれてしまうのであった。
「なかなか旨そうじゃないか」
「ああ。帝都だから色々と食材の流通も充実しているからな。このサラダなんか特に俺のおすすめだぜ」
この酒場のメニューについては全然分からないので、とりあえず栄養のつくメニューを……というリクエストでルギーレはガルクレスに食事を頼んでもらった。
そうして運ばれてきた数々の料理を見て、ルギーレはまるで子供のように目を輝かせた。やはり人間、腹が減っては戦ができないというのはは本当らしい。
「それじゃしっかりと食べておこう」
早速そのおすすめのサラダから……と手を付け始めた矢先、酒場の別の場所が何やら騒がしくなり始めた。
「てめぇ、もう一度言ってみろこの野郎!!」
「おー、何度でも言ってやるよ!!」
どうやら酔っぱらいの喧嘩のようである。
せっかくの楽しいディナータイムを台無しにするようなその騒ぎを耳にして、やれやれと肩をすくめてルギーレはちらりとそちらへ視線を向けた。




