425.村
「……食い物だ!!」
この匂いは肉を焼いている匂いに違いない。
山の下から漂ってくるその匂いにつられたルギーレは、まだ病み上がりの上に断崖絶壁をジャンプして疲れていたこともあって、自然と足が速くなる。
ルギーレはその匂いをたどりながら足を進ませた結果、今度は川を見つけたのでそれに沿って歩いていく。こういう時は川の下流に向かって沿って歩いていくことによって、どこかに人里を見つけることができる可能性が高い。
そうでなくても身体の大部分が水でできている人間は、綺麗な水さえあれば何日かは生き延びることができるので、少しばかり不安が解消された。
しかしそれでもまだ不安が残るルギーレの前に、一つの集落が見えて来た。
(お、あれは……)
やっとのことでこの登山道の麓まで下りてきた彼が見つけたものは、どう見てもそれは村である家の集まりだった。
夜が少し明けてきていることもあってか、ポツポツと煮炊きの煙が上がっているし、何よりも村の警備をしている人間の姿がその集落に近づくにつれてくっきりとルギーレの目に映るようになってきた。
これは匿ってくれる可能性が高いと判断したルギーレは、とにかくこの村に少し世話になることを決める。
「よし……」
だがこの先に待っているのは果たして敵か、それとも味方か。
出来れば後者であって欲しいと願いながら、ルギーレは村へと足を進めていった。
そしてそこでこんな朝早くからやってきた、しかも山の上から下りてきて着込んでいる黄色いコートは泥だらけ。所々に魔物の返り血がついているような男の姿に村人たちはギョッとしてしまうのも当然であった。
だが、その一方でどうやら事前に話を聞いていた通りの出来事は起こらないようだった。
「最近、この国にアーエリヴァ帝国に反旗をひるがえしにやってきたっていう連中が入り込んでいるみたいなんだよ。何か知らないかい?」
「いやー……俺は知らねえな……」
村人たちからは、マリユスからありもしない話を流されて、アーエリヴァ全体を敵に回してしまった状態だというルディアやグラルバルトたちの話が出てきた。
だが、どうやら自分のことはそのルディアやグラルバルトたちの中には入っていないようで、この村でも普通に受け入れてくれていることでホッとするルギーレ。
しかし、どうしてマリユスたちがそんな噂を流してまで自分たちを追い払おうとしているのか?
そのことについて、赤の他人を装いながら話をいろいろと聞き出してみたルギーレは、村人たちから奇妙な話を聞くことになった。
「え? 聖剣の秘密を国が探っている?」
「どうもそうらしいわよ。この近くにも冒険者を派遣していろいろとやっているみたいなのよ」
「あー……っ」
思わずその先に「あいつか……」とつぶやいてしまいそうになったので、ルギーレはギリギリで踏みとどまった。
しかし、冒険者を派遣して云々といっていたのは十中八九あのカインとかいう男のことだろう。
なのでルギーレは、あくまで「今知りました」というスタンスを保ちつつ村の住人たちに先ほどのカインのことを尋ねてみる。
「冒険者が来ているってことは、この村にも立ち寄ったのか?」
「ううん、ここにはまだ来ていないんじゃないかな。隣の村からの魔術通信で知ったのよ」
「そうだな。私たちもその冒険者には会ってみたいんだが……あれ、もしかしてそれって君のことか?」
「え……?」
村の住人である雑貨屋主人の男から、予想もしない質問が飛び出てきた。
そういえば自分も冒険者だといって、こうしてここまでやってきてかくまってもらっているわけなのだが、よく考えてみればそういう質問が出てくるのも納得したルギーレ。
しかし、ここで自分のことを話してもいいものだろうか?
カインがこの村に立ち寄った時に、自分のことをしゃべったりしないだろうか?
でも話しておかなかったら、どうして冒険者があんなに泥まみれや返り血だらけでここにやってきたのか怪しまれたりはしないだろうか?
「……どうしたの?」
「あ、いや……あの、えーと……」
しどろもどろになっていたら余計に怪しまれる。
考えて、考えた結果にルギーレが出したこの質問に対する答えとは……。
「お、俺も実はそうなんだよ。冒険者としてこの地方に派遣されてんだ」
「あー、やっぱりそうなんだ。でもそれだったら何で仲間と一緒にいないの?」
「仲間?」
「ああ、聖剣の秘密を探るんだったらそれなりに過酷な旅になるんだろう?」
まずい、ここでそう来たか。
ルギーレはどうにかしてこの村の人間たちに納得してもらえるような答えを頭の中から探してみる。
「そ、それなんだけど……実は冒険者たちの中でもいがみ合いとかあったり、我先に抜け駆けして秘密を探ってやるって奴が多くてさ。国がそうやって冒険者たちを競わせてんだよ。だからその……もしその隣の村に来たって奴がこの村にも来たら、俺のことは黙っておいてくれねえか? いろいろややこしいことになりそうだからさ」
「そうなのね。わかったわ。それじゃあひとまずゆっくりしていってね」
どうにかしてうまく言い逃れできたかな……と心の中でほっと胸を撫で下ろすルギーレ。
しかし、本当の過酷な旅路はこれからなのであった……。




