424.決死のジャンプ
「……はっ!?」
このまま逃げ切れると考えていたルギーレだったが、どうやらそれは甘い考えだったようだ。
なぜなら彼の目の前には、ヒュウウウウウと風を切る音が反響している断崖絶壁と、底が見えない暗闇の海がポッカリと口を開けて待っていたからだった。
そしてその闇の口を挟む形で、向こう側にはこちら側よりやや低めの同じく断崖絶壁が見えていた。
(な……何だこりゃあ!? 向こう側に橋か何かかかってねえのかよ!?)
橋でもロープでも何でもいい。
とにかく向こう側に渡ることができるだけの何かがあれば逃げ切れるはずなのだが、あいにくそんな都合のいいものは見当たらなかった。
そんな断崖絶壁があることに愕然としたルギーレが後ろを振り返ってみれば、暗闇の森の中からカインが槍を構えながらゆっくりと追って来ている。
下手なおとぎ話より何倍も怖い。
「ちっ……」
鋭く舌打ちをして崖の上からもう一度断崖絶壁側を見てみるルギーレ。
高低差のある場所にもう一つ断崖絶壁がある。こちら側の高さと比較した高さとしてはアバウトにしかものを言えないが、およそ建物の二階分ぐらいだろうか。
(どこか他のルートは……!?)
ルギーレは一旦崖から離れて他のルートがないか確かめようとしたのだが、どうやらカインはそうはさせてくれそうに無かったらしい。
「ふふふ……こっちは見ての通り行き止まりだ。さぁ観念するんだな、泥棒め!!」
「何のだよ……」
思わずそんな台詞が口をついて出るルギーレは、あのダブルヘッダーを始めとする大勢の魔物とのバトルもあって、追って来たカインに対抗するだけの体力はもう残っていない。
だけどまだ少しだけなら体力は残っている。その体力を使う為に、カインが何かをする前にルギーレはくるりと踵を返して崖に向かって走り出す。
「え……?」
思わずきょとんして反応が遅れてしまったカインの目の前で、ルギーレは迷うことなく反対側の断崖絶壁に向かって彼の思わぬ行動に出る!!
「なっ!?」
そのルギーレが踏み切った断崖絶壁に駆け寄ったカインが見た物は、見事に反対側の断崖絶壁にジャンプすることに成功して、その先にある森の中へと消えて行くルギーレの後ろ姿だった。
「正気の沙汰じゃねーな、あいつ……くそっ!!」
苦々しく歯軋りをし、カインは今自分が進んできた道を駆け下りて行くのだった。
一方のルギーレにとっては、先ほどのダブルヘッダーたちとの戦いやセルフォンの背中から投げ出されてしまった時よりも、もしかしたら死ぬかもしれないという気持ちが強い行動だった。
前回、セルフォンの背中から投げ出された時にはレイグラードが不思議な繭を出して守ってくれたが、今回はなぜかレイグラードが守ってくれないような気がしていたのだ。
だからこそ、暗闇の中のこの決死のジャンプで向こう岸に渡り切れたことが自分でも信じられないルギーレだったが、だからといってまだまだ危機が去ったとはいえないのだ。
(さっきのあいつは一体何だったんだよ……? いや、今はあいつのことは一旦忘れて、まずはあいつらに連絡を取って合流しなきゃな……)
しかし、先ほどのジャンプの興奮から落ち着いて自分で思い直してみたルギーレは、肝心の連絡用の魔晶石も一緒にセルフォンの背中から吹っ飛んだ時に落っことしてしまったのだという事実に気がついた。
(あーっ、そーだよ……荷物全部落っこちちまったんだ、くそっ!!)
こうなったら、先ほどの変な奴に見つかる前にどこか人里を探して匿ってもらうしかない。
そこで連絡用の魔晶石を分けてもらって連絡がつけば、自分がまたマルニスとセルフォンと合流できると考えていたルギーレは、とにかくまずこの森の中を抜けることを目指して進んでいく。
途中、何度か魔物たちとの戦闘があったもののレイグラードとルギーレの敵ではなかった。
しかしその魔物たちとの戦闘を重ねるごとに、ルギーレの脳裏に以前仕入れた情報が浮かび上がってくる。
(そーいやー、俺が気分悪くなって倒れちまった原因って確か、このレイグラードに怨念みたいなものが溜まっているからって話だったな)
それは人間たちや魔物たちの血を吸いまくった結果、怨念としてレイグラードが溜め込んでルギーレの身体に影響を及ぼしたのではないか……というのがセルフォンやグラルバルトたちの見解であった。
しかし今、自分が頼ることのできる武器はこの聖剣しかないので、とにかくこの武器で戦うしかなかったのである。
だがその時、そう考え直したルギーレの鼻をふと何かの匂いが掠めていった。




