423.とんでもない奴ととんでもない話
「何だ、こりゃあ……」
警戒しているルギーレの前に現れたのは、面長でやや細い目をしている青髪の青年だった。
二又の槍を持っている彼の年齢は、見た感じ自分より年上なのは確かではある。
だが二十代には見えない。見た感じでは大体三十代前半といったところだろうか? とルギーレは推測する。
「お、おいあんた……」
「これ、あんたがやったのか?」
ルギーレが質問をしようとしたのだが、その前に男から質問が飛んできた。ここで嘘をついたってどうしようもないので、ルギーレは素直にそうだと答える。
だが、次の瞬間男の顔つきが一気に野獣のようなものに変わった。
「なっ、んだとぉ!?」
「はっ?」
「ギルドから依頼を受けたのはこの俺だ。一旦依頼を受けた以上、俺は絶対に任務を遂行する。それがなぜ先に手を出したんだ!?」
「え、いや……俺はこいつらに囲まれてぶっ殺されそうになってさ……だから撃退した。それだけだ。別に俺が倒そうが、あんたが倒したってことにすればいいんじゃないのか? こんな奴ら」
しかし、男の怒りは収まってくれそうになかった。
「冗談じゃねぇ!! 俺はこの依頼を達成することができれば晴れて帝国騎士団から特別に報酬を貰える約束だったんだよ。もうすぐここに付き添いで来た帝国騎士団員が、きちんと俺がこいつらを倒したかどうかの確認までしにくるんだ。せっかくのチャンスだったのに、一体どうしてくれるんだ!?」
(メチャクチャなこと言い出すなぁ、こいつ……)
何だかこの不毛過ぎるやり取りにうんざりして来たルギーレは、男に対してぶっきらぼうに吐き捨てる。
「別に言わなきゃいいんじゃないのか? 俺はここにいなかった。それでいいだろ?」
ごもっともな正論を言うルギーレだったが、男の方はどうやらそうもいかなくなってしまったようだ。
「カイン・エンディアス……失格だ」
「なっ!?」
カインと呼ばれた男の後ろから足音が複数聞こえて来た。
その足音の主は完全武装したいかにも騎士団員、と言う人間二人だった。
「お前の依頼は不本意とはいえ、先に攻撃目標を殲滅されてしまっていた。またギルドから依頼を受けるんだな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! じゃあ俺はどうなるんだよ!?」
慌てふためくカインに騎士団の一人が冷酷に告げる。
「今回の話は見送りだ。お前の特別報酬と名誉の話は、また後日だ」
「そ、そんな、待ってくれよぉ!! 俺はここで立ち止まる訳には行かないんだ!!」
「だったらもっと依頼をこなせ。残念だが、今回は失格とする。以上だ」
そう言って去って行く騎士団員たちの後ろ姿を見て、カインはガクリと膝をつく。
「な、んでだよ……」
そんなカインの目に、暗い光が宿ったことなどその顔が見えないルギーレにはもちろん知る由もない。
「……こうなったら、お前を倒すしか無さそうだな。責任はきちんと取って貰わなきゃなぁ……?」
ゆらりと槍を構えたカインはルギーレに向き直るが、向き直られたルギーレはブフッと思わず吹き出してしまった。
「何がおかしいんだ?」
「だって……お前の言ってることが支離滅裂すぎてさ。だって俺は完全にとばっちりだろう? あんたがどこの誰であろうが、今の俺には関係ないし自分に振りかかって来た火の粉を振り払っただけだしさ」
そんなルギーレの態度に、カインはどこかうつろな目をしながらもう一度槍をしっかりと構え直した。
「……そうか、俺の依頼を奪って滅茶苦茶にするだけでは飽き足らず、俺をそこまでコケにしやがって……ぜってー許さねぇぞ!!」
カインはそう言って槍を構えつつ、じりじりとルギーレに近寄ってくる。
もちろんルギーレもレイグラードを構えて迎え撃とうとするが、近寄って来るカインの口元が僅かに動いているのが見て取れたルギーレは、先ほど魔物たちに待ち伏せされていたこともあって何か嫌な予感が一気に身体に突き刺さる。
(……!!)
次の瞬間、ルギーレの横の大木がいきなり倒れてきた。
ルギーレはとっさに出入り口の方へと走り出すが、いきなりの事態に驚きを隠せないのは当然のことだった。
森の中に逃げようとしてもカインが槍を手にして待ち構えている。それだったらこちら側に逃げるしかない。
(何故だ、何故こうなったんだよぉ!?)
心の中で問いかけてみてももちろん返って来る答えはないので、とにかくあのカインという危なそうな男から逃げ切ろうとして走り続けようとしたルギーレだったが、そんな彼の前に絶望的な光景が現れたのはすぐのことだった。




