41.それを返せ!
ここにきてこんな単純な手に引っ掛かり、レイグラードが敵の手に渡ってしまった。
自分の迂闊さを呪うと同時に、最初からこれを狙って屋上まで逃げて誘い込まれていたのかと思うと悔しさもこみあげてくる。
とにかく今はこの男の手からレイグラードを取り戻さなければならないが、ヴァレルはお得意の炎を生み出してルギーレを寄せ付けようとしない。
「これが無けりゃてめぇなんざもう怖くねえ。こいつに頼りっきりの弱っちいお前なんかより、俺が使ったほうがこいつもずーっと本望だろうぜ?」
「それを返せっ!!」
「いやだね。これさえ手に入れればもうお前なんかに用はねえんだよっ!!」
廊下で戦ったときと同じく、ファイヤーボールと衝撃波でルギーレをけん制しつつ、トークスの迎えが来るまで耐える戦法を取っているヴァレル。
しかし、その攻撃の速さを見ていたルギーレはあることに気が付いた。
(ん? さっきよりもこいつの攻撃が遅く見える……?)
その時よりも見切ることができる攻撃のスピード。
もしかするとこれも、今の自分の手から離れてしまったレイグラードが自分に与えてくれている特殊能力なのではないか?
(いや、きっとそうだろうな!)
確信したルギーレは、自分を奮い立たせて丸腰のまま臆することなくヴァレルに向かい始める。
まさか一直線に突っ込んでくるとは思ってもみなかったヴァレルのほうは、馬鹿じゃないのかと心の中であざけりつつ、特大のファイヤーボールを左手のロングソードから薙ぎ払いで撃ち出した。
だが、ルギーレにはそれがハッキリと見切れるスピードで見えていたのだ。
(左か!)
走りながら右に身体をずらしてよけつつ、そのままヴァレルの足めがけてスライディングで突っ込む。
地面を滑走したルギーレは、右足でヴァレルの両足を一気に払い飛ばすことに成功。
「ぐぉ!?」
「うらぁ!!」
地面に倒れこんだヴァレルの身体の上にまたがり、彼の顔面を殴りつけようとするルギーレだが、ヴァレルも顔を動かして回避しつつ上体を起こしてルギーレの胸に頭突き。
両者の肉体が離れたところで、武器を持つヴァレルがその左手のレイグラードをルギーレに向かって突き出す。
しかし、自分の剣が凶刃となって胸を貫かれるはずだったルギーレは、その右手の軌道を動体視力でしっかりと見極めて回避しつつ、彼の右手首を左手でつかんだ。
「っ!?」
「ふん!!」
「ぐぅ……っ!!」
続けて、ルギーレは空いている右手でヴァレルの首をつかむ。
かつてディセーンの町で石の壁を破壊した威力を持つその拳に絞め上げられたヴァレルの気道や首の骨が一気にミシミシと嫌な音を立て始める。
それと同時にやや力任せではあるものの、ヴァレルの手からルギーレはレイグラードを取り上げることに成功した。
だが、こんな時に限って増援が来てしまう。
それはヒュッと風を切る音がして、ルギーレの肩に矢が突き刺さったことで双方理解できた。
「ぐおっ!?」
「なっ……あ、ああ、トークスおい、こっちだ!!」
ヴァレルの相手に夢中になっていたルギーレは、上空の高い位置から滑空して翼をあまり動かさないことで、なるべく音を出さないで近づいてきたワイバーンに気づかなかったのだ。
そして剣のみならず、様々な武器の鍛錬を積んできたトークスは、こうした奇襲戦法が得意なことから「死神」の異名で呼ばれていた。
「おい行くぞ、出せっ!!」
「つかまれ、ヴァレル!」
トークスが伸ばした手につかまって、ここからの戦線離脱を図るヴァレルに向かって全力疾走したルギーレは、最初にあのジゾの遺跡の地下で戦った金属の狼のことを思い出した。
(あいつと戦った時みたいに……!)
だんだん上昇するヴァレルめがけて跳び上がったルギーレは、空中で身体を上下に反転させて右足を振り上げた。
「逃がすかよっ!!」
「ぐえっ!?」
その右足はギリギリでヴァレルの腹部を直撃。
思わぬ場所に痛みを食らった炎の悪魔の全身から力が抜け、つかんでいたトークスの手も離れてしまった。
「う、うおああああっ!?」
「ヴァレルっ!!」
幸いにも高さはそこまでではなかったのだが、落ちた場所が悪かった。
屋上の上に落下するはずだったその軌道は、先に受け身をとってそこに着地したルギーレの体当たりによって修正させられ、そのまま地面に落ちるルートになってしまったのだ。
「ぬおああああ……ぐへぇ!?」
しかもおまけとして、二階にある仮眠室のバルコニーの手すりに背中を強打してワンバウンド状態で地面に落ちて行ってしまったヴァレルは、そのままピクリとも動かなくなってしまった。




