415.あんたは何者だ?
「そしてこの二つの国の争いを裏で操っているのは、恐らくニルスの奴だろう。あいつは狡猾な男だからな」
「……君はそのニルスという男のことを知っているのか?」
相変わらずのポーカーフェイスを崩さないままのセバクターの口からポロッと出てきたのは、どう考えてもニルスと何らかの因縁があると思われる一言だったのだ。
それを聞き逃すはずがなかったジェラードとマルニスだが、セバクターはそれについては話そうとしない。
「知らないわけではないが、今はまだそれを話すわけにはいかない」
「なぜだ? 敵の情報を少しでも多く知っておくことは、こちらにとって非常に有利に物事を進められる。特に今回は国家間の関係を揺るがすような情報を流している相手だからな」
だからこそ、今この二カ国の騎士団長と向かい合っている状況でそれを全て洗いざらいぶちまけてくれれば、ニルスが何を企んでいるのかをしっかりと知ることができるだろう。
なのにここで話せないとなると、最悪の場合は拷問にかけてでもそのニルスの情報を吐かせたいと考えるジェラード。
しかし、当のセバクターは先手を打ってきた。
「一応言っておくが、俺を拷問にかけてもその件に関しては何も喋らないからそのつもりでいてくれ」
「何だと? 貴様、ふざけるのもいい加減にして……」
「ふざけてなどいない。俺は大真面目に言っているんだ」
ジェラードの言葉を遮り、セバクターは自分が今話すことのできる話だけをしておく。
「正確にいえば、ニルスが何を企んでいるのかは知らない。だがあの男のことだからきっと何かよからぬことを企んでいるに違いない」
「やっぱり何か知っているんだね?」
「それなりには。だがこの世界であの男が何をしようとしているのか……それがわかるまでは俺はあの男のそばにいる予定だったんだ」
「……世界?」
妙な言い回しをするセバクターに引っかかったマルニスが聞くが、セバクターはそこをスルーして話を続ける。
「だが、こうして俺があの男に暇を出されてしまったのであればきっとあいつも何かを感じてのことだったのだろう。直接会ったのはこっちにきてから初めてだから、実際にあの男と顔を合わせて会話していてもお互いの顔をそこまで知らなかったのは当然といえば当然だったんだがな……」
「……こっちに来てから?」
先ほどから奇妙な言い回しをちょくちょく自分のセリフの中に挟み込んでくるセバクターに、マルニスもジェラードも違和感を覚えてしまうのは当たり前だろう。
しかし、今の彼がそれを話す気がないのであれば話してくれるまで待つか、やはり拷問にかけてでも吐かせるしかないと考えている。
このセバクターという男はきっとただものではないような気がしているのだが、彼の証言と身なりからすると冒険者のようだ。
そうなるとこのヴィーンラディに仲間として抱えている、ギルド長のデレクに頼んで正体を探って貰えば一発だろう。
頭の中でジェラードがそう考えている一方で、穏やかな口調でマルニスが次の質問をする。
「じゃあ次の質問ね。ニルスは僕たちアーエリヴァとこのヴィーンラディをぶつけて疲弊させ、勝った方を一気に叩き潰すって計画みたいだけど、その後はやっぱり他の国でも同じようなことをするつもりなのかな?」
「だからわからないと言っている。とにかく今はニルスではなくその勇者とやらを止めるべきだろう。聞いた話によれば、現在この世界で起こっている大きな問題のほとんどはその勇者がかかわっているそうじゃないか」
何が勇者だ、と吐き捨てるセバクター。
どうやら彼は過去に何かあったのかもしれないが、寡黙な性格らしい彼がここまで喋るのは恐らく取り調べだからであろう。
しかし、やはりニルスのことについて何か知っているのであれば、それこそどこかでポロっとまた漏らしてくれることを期待するしかない。
マルニスもジェラードもこの場で彼から情報を聞き出すのは無理そうだと諦めかけていたその時、滾々と取調室のドアがノックされた。
「団長、警備隊のジルトラックです」
「どうした?」
「ルギーレの体調が少しずつですが回復してきました。それからヘルツ団員も回復傾向にありますので、一度皆さんお集まりいただければと」
「わかった」
とりあえずこの取り調べはここまでのようなので、三人は席を立って自分たちを呼びに来たジルトラックの後ろについていく。
その最後尾を進んで三人の背中を見つめているセバクターは、心の中でこう呟いていた。
(レイグラード……こっちにあったとはな……)




