413.薬
「……うわっ、本当に通り抜けられた!!」
「何だよこの薬は? お前これ、誰から貰ったんだ!?」
実際にその薬を飲んで、アサドールのいるヴィーンラディへと入ることに成功したルディアたち。
最初は当然、このセバクターという男のことを信用できなかったルディアたちは、だったらまずここで証明してみせろと当初のセバクターの言い分を無視する形で、強引にその薬の効果を確かめさせることにした
当初は予備が少なくなると渋っていたセバクターだったが、このままここで押し問答を続けていてもラチが明かないと判断した彼は、ならばとエルヴェダーにとんでもないことを言い出したのだ。
「なら、あんたは火属性のドラゴンだという話だから俺に向かって火炎放射を当ててみろ」
『……おい、正気かよお前?』
「そうだ。魔術防壁もないこの状態だが、この薬を飲めばそういうものを無効化できると聞いている。あんたたちドラゴンの攻撃は全て魔術らしいからな」
だからこそ、その魔術を当ててもらうことによってこの薬が本物であることを証明するんだと真顔で言い切るセバクターは、茶色のビンに入ったその液体の薬を何の迷いもなく一気に飲み干した。
そしてビンを遠くに投げ捨て、腰に纏っているロングソードの柄に手をかけながら身構える。
「さぁ、どこからでも来てみろ。俺はその火炎放射の中から飛び出て、あんたの身体にこの剣を突きつけてやる」
『……上等じゃねえか。そこまで言うんだったら、死んでも後悔すんじゃねえぞ!!』
挑発行為と取れるセバクターのそのセリフと行動に対して、エルヴェダーはドラゴンの姿に戻って、近くにある開けた場所へと移動する。
ここであれば地面以外になるべく延焼するのを抑えることができるので、遠慮なくエルヴェダーは息を大きく吸い込み、ありったけの力で周囲のものを全て焼き尽くす灼熱のブレスを吐き出した。
セバクターに向かってその業火が勢いよく向かうが、彼は目を閉じたまま逃げる素振りを一切見せないどころか、その迫り来る業火に向かって何の迷いもない様子で地面を蹴って駆け出した。
「ちょっと……本気!?」
「おいおいおいおい!?」
(……僕たちは何を見せられているんだ……?)
というかヘルツがまだ意識ない状態だというのに、こんなことに付き合っている余裕はないのだと焦りの色を隠せないマルニスだが、今度は別の意味で心の中で同じセリフを呟くことになる。
「……ふっ!!」
『……ガウッ!?』
思わずドラゴンとしての驚きの声をあげてしまうエルヴェダーだが、それも無理はなかった。
なぜなら、自分が確実にセバクターを狙って吹きかけた灼熱のブレスは正確にその人間に向かって吸い込まれていったのだ。
しかし次の瞬間、赤いドラゴンが見たものはその炎の中を何事もなかったかのように突っ切ってきただけでなく、愛用のロングソードを腰の鞘から引き抜いて、宣言通りにピタリとエルヴェダーの右前脚に突きつけるセバクターの姿だったのだ。
「……これでわかっただろう?」
『お、おう……十分にわかったぜ……』
まさか自分の魔術が全く通用せず、そのセバクターは纏っている防具や服が少し焦げただけで何の問題もなく動けているのだから、エルヴェダーも苦笑いを漏らすしかなかった。
こうしてビンの中の薬の効果を存分に証明したセバクターだが、あいにくこの薬の効果は十五分しか持たないのだという。
「その魔術防壁を突き抜けるならこれで十分だが、一度出たら魔術防壁がなくなるまで戻って来られないぞ?」
「私は構いません。元々この国には長居するつもりはありませんでしたし、もう当初の目的は果たしましたから」
「俺も別に大丈夫だ。けど、そっちのドラゴンたちは大丈夫なのかよ?」
この世界を見守ってるんだろ? とカリスドが聞けば、確かにそうだとグラルバルトは返答する。しかしそれには続きがあった。
『今のこの状況では私もエルヴェダーもアーエリヴァの中で狙われていることになる。だから一度外に出て、キチンと体制を立て直してからこの国に戻ってきたい』
『俺様もおっさんに同感なんだが、そもそもこのアーエリヴァは俺様の看視管轄じゃねえからな。だから外に出られずにそのままってわけにゃーいかねーのよ』
というわけでドラゴンたちもセバクターから分けてもらった薬を飲み、一時的に無魔力状態となる。
となればドラゴンの姿から元に戻れるのは十五分後になるので、それまでに人間の姿が必要な場面や場所に出逢わないことを願いつつ、まずは南に向かって魔術防壁を突破するべく宙に飛び上がった。




