40.戦略
「おいてめぇら、逃げんじゃねえよ!!」
「おおっと待てよ。レイグラードが欲しいんだろ? だったらまず俺と戦えよな」
「くっそーっ!!」
今度はこの廊下の幅と双剣の手数を生かして一気に押し切るべく、一直線にルギーレに向かって接近戦を仕掛けるヴァレル。
彼が突っ込んでくるのを見たルギーレは、今までの自分とは比べものにならないほどに冷静に対処する。
なぜなら、今の彼の目にはそのヴァレルの動きがかなりゆっくりに見えているからだった。
左手による上からの振り下ろしを、その剣の持ち手を狙って正確に突いてやれば、それだけでガッと音がして剣が飛んでいった。
続いてやってくる右手の剣は自分の左足で蹴って止め、その足をそのままヴァレルの顔面へ。
攻撃を二回も弾かれてバランスを崩したヴァレルは、避け切ることもできないまま鼻の骨を折られる強さで顔面にルギーレの鋭い蹴りを受けて後ろに倒れ込んだ。
「まだやんのか? 俺はそれでもいいけどよぉ、これ以上その身体にダメージを受ける前にやめた方がいいぜ」
「くそっ、くそ……!」
悔しさのあまり、鼻血を流しながら右手で床を強く叩くヴァレルは、このままでは殺されてしまうと判断して撤退する道を選んだ。
「ちっきしょう、今日はこのくらいにしておいてやるから覚えてろよ!!」
「は? このまま逃がすとでも思うのかよ。お前はここで捕まる運命なんだよ!!」
「そんな運命なんか俺が変えてやるぜ!!」
そう言いつつ、拾い上げた双剣を振るう。
だが今回狙ったのはルギーレではなく、先ほど自分に向かって吹っ飛んできたドアであった。
それを炎で包み込んで足で蹴り飛ばし、ルギーレの行く手を阻んだのだ。
「無駄だぜっ!!」
ルギーレはそれを文字通りレイグラードで一刀両断したのだが、その時にはすでにヴァレルが廊下の奥に向かって逃げ出していた。
もちろんそれを全力で追いかけ始めたルギーレだが、ヴァレルのほうは懐に違和感を覚えて走りながらそこに手を突っ込んだ。
そこから出てきたのは魔術通信用の魔晶石。どうやら誰かから通信が入ったらしい。
その通信に出てみると、なかなかヴァレルからの連絡がないことに焦れていた相棒からの連絡だった。
『おい、一体何がどうなったのか報告ぐらいしろ』
「トークスか!? すまねえけど今はちょっと緊急事態だから後でかけ直す!」
『は?』
「今の俺じゃ力不足だったんだよ! しかもレイグラードを持ってるそいつに追われてる! だからまた後でかけ直す!!」
そう言って通信を終了しようとしたヴァレルだったが、通信相手のトークスは非常に冷静な声でこう言ったのだ。
『レイグラードを持ってお前を追いかけているのは、黄色いロングコート姿の茶髪の男か?』
「そっ、そうだよ! そいつに追われてんだよっ!!」
『だったらそいつにレイグラードを持たせなければいい』
「えっ?」
その言葉の意味が理解できないヴァレルに、トークスからさらに指示が出てくる。
『言葉通りだ。今のそっちの状況がわからないからなんとも言えんが、どうにかしてレイグラードを奪ってしまえ。そうすればお前にも勝ち目はある』
「ど、どうやって?」
『それは自分で考えるべきだ。とにかくレイグラードさえ相手の手から離してしまえば逆転できるぞ。奴はレイグラードの実力に頼っているだけのヘナチョコだからな』
よくわからないものの、とにかく言う通りにしたほうがいいだろうと判断したヴァレルは、その指示をくれた相棒にワイバーンで迎えにきてくれるように頼んで通信を終了する。
それと同時に足のスピードをアップして後ろとの差を広げつつ、自分の頭で何ができるかを考える。
(考えろ、考えるんだ……あいつに真っ向勝負を挑んでもレイグラードのせいで俺は手も足も出ない状況になっている。そんな奴からレイグラードを奪い取るには……)
考えに考え抜いた結果、シンプルだが抜群の効果が期待できる作戦を思いついたヴァレルは、早速それを実行するべく屋上に出た。
ここで待っていればトークスがワイバーンで迎えに来てくれるはずなので、あとはこっちの作戦が成功するように行動するだけである。
(チャンスは一回きり、それに一瞬だぜ!!)
屋上の出入り口のドアを開けて外に出たヴァレルを追いかけ、ルギーレも同じくドアを蹴破るようにして開けたその瞬間、足に引っかかるものを感じた。
「あっ……!?」
声を出して気がついたときには、すでに自分の身体が地面に倒れ込んでいることに気がついた。
そしてレイグラードを握っている右手を全力で踏みつけられ、その痛みでレイグラードが手から離れてしまった。
「ハッハハハ、まさかこんな単純な手に引っかかるなんてやっぱりてめぇは大したことねえんだな!」
勝ち誇ったかのように笑う炎の悪魔の右手には、高らかにレイグラードが握られていた。




