393.謎の強敵
「ぐうっ!?」
自分の身体に矢が突き刺さった。
それを認識すると同時に、マルニスは自分の前方からまるで突風のごとく急接近する殺気を感じて、矢の痛みをこらえながらバックステップで距離を取ろうとしたが、相手の方が速かったらしい。
「がっ、ぐあっ!?」
「はっ!!」
「ぐふっ……」
そのまま今度は立て続けに殴られて蹴られて、トドメに左肩を刺されるマルニス。
しかも最後に刺されたのは一回だけではなく、一瞬の間に二回刺されていたらしい。
それだけでもこのピンク色の髪の男は、少なくとも自分よりも高い実力を持っていることを証明するには十分な腕前だった。
「そしてそれと同時に、僕の体内からスーッと魔力がなくなっていくのがわかったんです。もしかしたらその煙を吸い込んだからかもしれないですね」
「それが恐らく、一時的に無魔力にするものかもしれないってこと?
『そう考えて間違いないだろうな。それで、お前はその後にそいつを追いかけたのか?』
「ああ……」
マルニスは当然、痛む身体に鞭を打ってその謎の男の後を追いかけてみたものの、その先で恐ろしい光景を目にしたのだという。
「ドラゴンが……」
「ん?」
「黒いドラゴンがその三人組のそばにいたんです」
「えっ、ちょっと待ってくださいよ……それってもしかして……」
そのマルニスの話が本当なら、彼女でさえも話を聞いたことがある黒いドラゴン……エルヴェダーたち伝説のドラゴンのリーダーとして知られている、今まで話に聞いていたのみで姿を見たことがなかったその黒いドラゴンがマルニスの目の前に現れたことになる。
そしてそのドラゴンは、明らかにその男の味方をするべく彼を背中に乗せて飛び去って行こうとした。
「僕も何とか追いかけようとしたんですが、さすがにこの満身創痍の身体では追いすがる前にバシンと一発尻尾で殴られてしまって、四つんばいでうめいていたところであなたたちが来てくれたんですよ」
『なるほど、事情はわかったが今のお前の体内に魔力がないとなると非常に厄介だな。とりあえず最深部に急ごう。俺様たちはお前手助けをしてほしくてここまで来たんだからよ』
「えっ、僕の手助けですか?」
それはまたどうして? と首を傾げるマルニスに対してルディアとエルヴェダーは自分たちの見た光景を話す。
そう……マリユスたちによって一般人たちが囚われの身となってしまっている現状では、下手に大きな魔術を使うと一般人たちにも被害が及ぶ可能性がある。
それを考えると魔術をメインにする戦法で戦う自分たちよりは、武器をメインに戦うマルニスの方があの状況では適任だと判断したエルヴェダー。
だが、肝心のマルニスがそんな状況になってしまっている以上は余り期待できない。
それにこうして自分たちが駆けつけていなければ、きっとマルニスが息絶えてしまっていただろうと考えると、果たして良かったのか悪かったのか複雑な気分になってしまう。
だが、更に複雑な気分になる出来事がこの先に待ち構えていた。
「えっ?」
『お、おい……これは一体どういうことなんだ?』
マルニスを引き連れて中央広場まで戻ってきたルディアとエルヴェダーは、そこに広がっていた光景に頭が混乱してしまう。
それもそのはずで、一般人たちが縄を切られた状態で地面に倒れ込んでいる光景から始まり、あのマリユスやベティーナといった勇者たちも中央広場の中から忽然と姿を消していたからだった。
とりあえず一般人たちの安否を確認しなければならないので、倒れているその一般人たちに駆け寄った三人。
「……息がある!!」
「外傷も特にないみたいだし、魔力もなくなってはいないみたい。どうやらただ眠っているだけのようですね」
『そうだな。しかし……一体何があったんだ?』
首を傾げながら、とにかく何があったのかを確認しなければならないのだが、マルニスの時といいこのマルニスたちといい、自分たちの知らないところでとんでもない状況になっているのを見ると、どうしてもモヤモヤが胸に溜まるエルヴェダーだった。
だがそれ以上に胸にモヤモヤが溜まっているのはマルニスである。
そもそもわざわざ帝都からここに来たのだって、勇者のマリユスがこの地下迷宮に入りたいと言い出したからであったのだから、まさかマリユスやベティーナといった勇者たちがそんなことをしているとは思いもしていなかったからだ。
(それに、僕を襲ったあの謎の男も追わなければな……)
多分あの格好からすると冒険者のようだが、もしかするとマリユスたちの仲間なのだろうか?
歩きながらその話をルディアとエルヴェダーにしてみるマルニスだが、今度はその二名が首を傾げる番となった。




