392.血痕を追った先で
「くっ……うう……」
「うわっ、マルニスさん!? どうしたんですかその怪我!?」
「油断した! まさかあれほどまでに強力な兵器を持ってくるとは……!!」
外に出てすぐの場所で、四つんばいになってうめいていたその男こそマルニスだった。
何があったのかを聞くのは後回しにして、血の跡が彼に向かって続いていることで察した通り怪我をしているようなので、先にエルヴェダーとルディアによって治療が施される。
が……。
「うう……ダメです。回復魔術は今の僕には効かないんです!!」
「ええっ!? ……あっ、そういえば魔力が感じられないですね!!」
『ど……どういうことなんだよ?』
回復魔術が今のマルニスには効かない?
ルディアもエルヴェダーも、何がどうなっているのかさっぱりわからないのでとりあえず今の自分たちができるだけの応急処置をしつつ、マルニスから事情を聴くことにする。
『敵と遭遇して、煙幕みたいなものを当てられたんです。それから体内の魔力がなくなって、回復魔術が効かなくなったんです……』
「それってどんなものなんですか? というか、マルニスさんは魔力が消えるまでの間、一体どこで何をしていたらこんなことになっちゃうんですか?」
治療が最優先ではあるものの、こうなってしまった経緯についても説明してもらわなければならないし、マルニスたちの状況についても話しておかなければならない。
とりあえずルディアは今までの冒険の中で習った応急処置をマルニスの至る所にできた傷口に施し、出血を止めておくことを最優先に行動する。
その甲斐もあってマルニスの顔色が少し良くなったようだが、問題はマルニスの魔力が消えてしまっているため、魔力を注入しなければ回復魔術も効かない状態が続くことであった。
なのでこれも応急処置ではあるが、エルヴェダーがマルニスの体内に魔力を注ぎ込むために彼の手を握る。
『とりあえず応急処置だ。気休めだと思ってくれ』
「それでも助かります……」
お互いの手を伝ってマルニスにエルヴェダーの魔力が注ぎ込まれていくものの、実際にこれで魔術が発動できるかはわからないし、回復魔術だってかけたところで反応するかもわからない。
それでも少しでも望みがあるのならやってみようと考えたエルヴェダーだったが、どうやらマルニスには効き目がなかったらしい。
『どうだ?』
「ん……ダメですね。でも傷薬なら一応持っていますから、それを使ってください。僕の上着の内側にポケットがあるんですが、そこに騎士団で使っている即効性の塗り薬があります』
「えっ、じゃあちょっと失礼します」
マルニスの言う通り、上着の内ポケットから出てきた傷薬をルディアが応急処置した箇所に塗ってみると、またもや少しだけだがマルニスの表情に余裕が生まれたようだ。
しかしどうしてこのような状況になってしまったのか?
ようやく自分の足で立ち上がり、歩けるようになったアーエリヴァの騎士団長は、ルディアとエルヴェダーが驚くのも無理はない出来事を話し始めた。
「サソリに追いかけ回されて部下たちも殺されて僕が一人になった後で、奇妙なピンク色の髪の男と出会ったんです」
「ピンク色の髪の男? それってどんな男だったんですか?」
「身長が高い男でした。それから武装していて、やけに手慣れた感じのロングソード使いでしたね」
今のところ、そのマルニスの証言に近い条件を持っているのはニルスぐらいなのだが、ニルスは黒髪なので髪の色を変えてきたのだろうか?
『ニルス……だと思うが……まぁとりあえずそいつと戦ったと。それでその男とお前は何があったんだ?』
『何があったというか……その男が僕を敵だとみなしたらしくて攻撃を仕掛けてきたんです』
最初は「騎士団長の自分が負けるようなことはありえない!」と心のどこかでタカをくくっていたマルニスだったが、戦い始めてからその考えを改めなければならなくなってしまった。
「その男は非常に強敵でした。僕がいくら攻撃を当てても上手い具合にその力を逃がしてくるんです」
「体術のことはそこまでよくわからないですけど、要は苦戦したってことですね?」
「はい。時には男が敵ながら素晴らしい連係を見せて攻撃を当ててきたりしまして」
それでも最終的には騎士団長としての技術と経験を活かして押し始めたマルニスに対して、男が黒い球を投げつけてきたのだ。
大人の男の手で握り込めるぐらいの大きさだったその球を、とっさにバックステップで回避したマルニスだったが、地面に落ちる格好になったその球からプシューっと音を立てて白い煙が噴射される。
【ぐっ、煙幕か!】
マルニスはもっと後ろに下がって煙幕から逃れようとしたものの、そんな彼の脇腹に一本の矢が突き刺さったのは次の瞬間だった。




