38.活躍するルディア
「よし、逃げるぞ!!」
「ええ!」
「逃げるも兵法の一つ!」
敵に背を向けて逃げ出した三人を見て、その敵であるヴァレルはもちろん追いかけないわけがない。
「待てゴラァ!! ビビってんじゃねえぞこの野郎!!」
(ビビってねえよ!!)
そう、ここまでは作戦通りである。
はなっから、今の状態であの炎の悪魔に勝てるとは思っていない三人はあえてここで逃げる作戦を選んだのだ。
騎士団長のザドールでさえも負けてしまうレベルの実力者を相手に真っ向勝負を挑むのは愚策なので、人数差とこの建物の構造を生かして相手をかく乱する。
「まずはてめぇからだぁ!!」
「わ……私!?」
ヴァレルが最初に狙いを定めたのは、三方向につながっている通路の左側に逃げて行ったルディアだった。
しかし彼女もヴィーンラディの国王からお墨付きをもらうだけの魔術の使い手なので、簡単にはやられない。
(相手は火属性。だったらこっちは水属性の壁よ!!)
走りながら魔術を発動し、一時的に自らの防御力を高めるウォーターシールドを展開。
外から見るとまるで水の中にいるように歪んだ姿を見られてしまうが、その不格好さとは裏腹に、こうした火を扱う敵に対しては特に防御力の面で有利になる。
当然、後ろから襲ってくるヴァレルのファイヤーボールも炎の衝撃波もまったく効果がない。
「くそっ、このクソアマがぁ……ざけんじゃねえっ!!」
さらに足の動きを速めてから一気に跳躍したヴァレルは、そのまま上段から二本のロングソードを水のシールドに向かってたたきつけようとした。
しかしそれを見たルディアは、自分が持っている伸縮性のロッドを懐から取り出して握りの部分についているボタンを押す。
こうすることで一気に長くなったロッドで、ヴァレルの腹を下から上に向かって突き上げたのだ。
「ぐふぉ!?」
思わぬところからの反撃で、みぞおちにダメージを受けたヴァレルはそのまま床に腹から墜落してしまった。
そこに追撃で水の槍を繰り出すルディアだが、ギリギリのところでヴァレルも回避して何とか起き上がる。
「この野郎、よくもやってくれたなクソアマ!」
「そりゃそうでしょ。殺されるかもしれない状況で手加減なんかできないわよ」
「だったら今度は俺がぶっ殺してやるよ!!」
そう言いながらロングソードを振るうヴァレル。横薙ぎ、縦斬り、素早い突き。
さらに二刀流の手数の多さもあって有利に戦いを進められると思っていたのだが、今度はいきなり自分の周囲に霧が現れたのだ。
(くっ、これじゃ見えねえ!! ディープミストの魔術かよ!!)
水属性の魔術だからこそ、こうして霧を起こして敵の視界を奪うことができる。
その間にヴァレルの後ろに回り込んだルディアは、そのまま彼にかまわずに戦線離脱することに成功した。
(よし、あとはこのまま時間を稼いで……!!)
そう、三方向に分かれたのは何もヴァレルを殺すのが目的ではなく、ヴァレルをあのレイグラードが置かれている部屋から遠ざけるのが目的であった。
ヴァレルだって冷静になれば、この濃い霧の中でも足音でルディアがどこにいるかわかったはずだし、気配だって感じ取ろうと思えばできたはずだった。
しかしこの鳴り響き続けている警報がその足音をかき消したうえに、霧で奪われてしまった視界に意識を集中してしまったがゆえに気配を探るまで頭が回らなかった。
(くっそ、なめた真似してくれんじゃねえかよあのアマぁ!!)
それに何より、彼の熱くなりやすい性格が判断ミスを誘う結果となってしまった。
傭兵仲間であり長年の付き合いがあるトークスからもその点についてはよく注意されていたのだが、いざ実戦となるとどうしても気持ちが先走ってしまうのだった。
とりあえずルディアを見失ってしまったのと、この霧が晴れてきたのもあっていったん冷静さを取り戻したヴァレルは来た道を引き返し、あの三人と再会した部屋の前まで戻り始める。
(あいつらはたぶん、俺を挑発してあの部屋から遠ざけるのが目的だったはずだ。くっそ……こんなことならあんな安っぽい挑発に乗らずに、あの部屋の前であいつらを仕留めておくべきだったぜ!!)
後悔しても後の祭りなので、今はとにかくあの三人を探し出すのとレイグラードを手に入れるのが目的だと思い直し、ヴァレルはとにかく足を進ませ続けた。
この研究所は国立の機関というだけあって内部もかなり広く、そして複雑になっている。
そんな場所をあの三人を追いかけるのに夢中で走り回っていたため、どこをどう走ってきたのかもわからないまま、新たに現れた警備の騎士団員や魔術師たちを燃やしながら、あの部屋の前へとようやくたどり着いた。
だが、その部屋の前には誰もいなかったのである。
(ん? あいつらはどこに行った?)
まさかもう、この怪しそうな部屋の中に入ったのか?
ロックが厳重にかけられており、ドアの上にはご丁寧に「最重要研究室」とまで書かれているこの部屋の中にいるのかと思ったヴァレルは、気を集中してそのドアを双剣で叩き切ろうとした……のだが。
「ぶほおっ!?」
自分が破る前に突然吹っ飛んだそのドア。
そしてそのドアごと後ろの壁に吹っ飛ばされたヴァレルは、全身の痛みに耐えつつ起き上がる。
そんな彼が目の前に見たものは、紫色のオーラを全身に纏いながら仁王立ちしているルギーレの姿だった……。




