385.広い帝国の砂漠
このヘルヴァナールという世界の中には、主要九ヶ国を始めとする大小様々な国々が存在している。
そのいくつもある国々の中でも、最大の国土を持っているのが何よりもの特徴であるアーエリヴァ帝国。
帝都のメルディアスを中心とした広い領土を持ち、中央が山、渓谷、森などの自然で構成されており、その両側に平原がある。
『基本的には中央を流れる川を船で渡るって交通網が発達しててよー、帝都側からそーいう自然の壁を越えた逆側の平原に向かって、若干の下り傾斜が付いた流れになってっから、西側の方が下流になってんだ』
魔力を使った動力で船を動かしてどちらからでも進行が可能になっている。一年を通して余り気温は変わらないが、雨の日が多いのが特徴の帝国だ。
しかし、そのアーエリヴァの説明を聞いていたルディアが一番の疑問を口に出した。
「あれ……じゃあ砂漠ってどこにあるの?」
『川とか森とかが少ない地域があってよー。その辺りなんだわ。そこら辺は雨が少ねえ地域で砂漠化が進んだんだよな』
そう言いながら帝都を離れて西の方へと向かって飛んでいく赤いドラゴンが目指す先には、確かにこの自然が多いと呼ばれているアーエリヴァの中で異質な存在感を放っている、カラカラと暑そうな砂漠が広がっているのが確認できるようになってきた。
それに伴い、ルディアの素肌にもジットリとした熱気がこもってくるようになってきたので、やはり砂漠は暑いのだと再認識する。
というわけで事前にエルヴェダーと約束していた通り、ルディアはその砂漠の中にあるという町へとたどり着いた。
ここで水を始めとした地下迷宮探索のために必要な物品を買い込んでから、いよいよ地下へと向かうことになったまでは良かったのだが、町へと入ってすぐ事件が発生する。
「ええっ、この町に勇者が来た!?」
『しかも砂漠に向かった……ってことは急がねえとまずいかもしれねえな』
なんと、このオアシスとなっている砂漠の町に勇者マリユスがやってきたというのだ。
しかもそのマリユスは、町でいろいろと情報収集をしてから砂漠に向かったという話が、この町の住人たちから次々に出てきてルディアもエルヴェダーも驚きを隠せない。
一体彼がこの町と砂漠で何をしようとしているのかわからないが、少なくとも世界平和だとかそういう類のことを企んでいるわけではないだろうというのが、ルディアにもエルヴェダーにも容易にイメージできてしまう。
そのイメージが焦りを生んだことによって、当然自分たちも砂漠の地下迷宮に向かうべく跳び立とうとしたのだが、その前にもう一つ気になる話を聞いてしまったのである。
「えっ、勇者の護衛として騎士団の団長たちがついていった?」
「そうよ。勇者様は自分で身を守れるから護衛なんかいらないって断っていたみたいなんだけど、元々旅人だったっていう騎士団長のマルニス様が半ば強引について行ったみたいなのよね」
でも……と雑貨屋の店主である中年女性は首をかしげる。
「マルニス様ってそんな強引な性格だったかしら? もっと穏やかで一歩引いた感じの方だと思ってたんだけど……」
「えっ、何か変なんですか?」
「うん。そんなにガツガツ前に出ていくようなタイプじゃないって話を何回も聞いたことがあるのよ。どっちかっていうと副団長のブライン様の方が強引な気がするんだけど、そこが不思議なのよねえ」
その副騎士団長のブラインという男は、騎士団長のマルニスとともに砂漠地帯には向かわず帝都の城の方で代わりに騎士団の指揮を執っているのだとか。
何かしらの駆け引きがされているのだろうか、それともマルニスという騎士団長のマリユスへの単なる興味本位の護衛なのかはわからない。
しかし少なくとも勇者と一緒に騎士団長がいるのであれば、もし敵対した時に非常に厄介な存在になることは確かだろう。
それを聞いた後に町を出たルディアは、人間の姿のままのエルヴェダーとともに水分補給と魔物たちの討伐を繰り返しながら砂漠を歩き、地下迷宮への出入り口を目指していた。
『確かグラルバルトのおっさんに聞いた話だと、この先に地下迷宮への出入り口の一つがあるはずだ』
砂漠の至る所にその地下迷宮への出入り口が作られているらしく、砂漠を抜ける者たちにとっては地上を抜けるよりも便利でスムーズに行き来できるために重宝されている場所らしい。
しかしその一方で、長年使われている迷宮だからこそ魔物たちも巣を作ったり、砂漠の盗賊たちが身を隠しつつ迷宮の中で追い剥ぎなどをするという事件も後を絶たない。
そんな陽の光が当たらない、ひんやりとした空気の流れる地下迷宮への出入り口の一つにようやくたどり着いたルディアとエルヴェダーは、用心しながら足を踏み入れた。
全てはレイグラードの秘密を探り、ルギーレを回復させるために。




