382.忍び寄る影
アルツの後ろからジリジリと迫る。麻薬組織の人間たちを倒して手に入れた麻縄を構えるルディアの姿。
恐らく麻薬を入れた箱や袋などをまとめるために持っていたのであろう長めのそれの端を、ルディアは黒い皮手袋をはめている両手にグルグルと巻きつけてピンと張り詰めさせた状態で、アルツに気づかれないように一歩ずつ接近してくる。
彼女が何をしようとしているのかを察したエルヴェダーは、彼女が近づいてきていることを悟られないようにするべく、焦った表情で這い上がるのをやめようとしない。
「あーあ、俺たちを追ってきた奴らがこんなに弱っちいなんて拍子抜けだ。それにさっきから変な緑のドラゴンが上を飛んでいるみたいだから、そいつも後で倒さないとな」
だがまずはお前からだ、と叫びながらアルツがトドメを刺すべくロングソードを振りかぶったその時、彼の首に後ろからロープが巻き付いた。
「ぐうっ!?」
「ふん!!」
「ぐえっ、ええっ!?」
魔術が効く相手かどうかわからない上、魔術を発動しようとすれば魔力の気配で自分の存在がバレてしまうため、こうして忍び寄って絞殺するしかないと考えたルディア。
その作戦は見事に成功した……ここまでは。
「くっ……そ、ざ……けんじゃねえクソ女!!」
「ぐっ!?」
股間に後ろ足でアルツからの蹴りをくらい、悶絶しながら後ろに倒れ込むルディア。
そんな彼女に向かって容赦せずロングソードを振りかぶったアルツだが、今度は襟首を後ろから掴まれて地面へと引きずり倒される。
『のやろっ!!』
「がはっ!?」
アルツを引っ張り倒したのは、そのアルツの邪魔がなくなって崖から一気に這い上がってきた人間の姿のエルヴェダーだった。
さらに引っ張り倒したアルツの腹を全力で踏みつければ、アルツの口から赤黒い血が吐き出される。
だがそれでも、エルヴェダーはアルツに殺されかけていたので容赦はせずに今度は彼を引っ張り起こし、ドラゴンの時と変わらないパワーで彼を片手で持ち上げつつ、円を描いて飛んでいく軌道でぶん投げる。
(ば、バカな……終わりかけていたはずのこいつのどこにこんな力が……!?)
まさかエルヴェダーがドラゴンの化身だということなど、全く知る由もないアルツはそれでも何とか空中で体勢を立て直そうとする。
だが、アサドールよりも接近戦が得意なエルヴェダーはそのアルツの考えも見越しており、飛んでいくアルツが体勢を立て直しているところへ強烈な前蹴りを叩き込んでやる。
そうすれば、アルツは後ろにある崖に向かって押し出されることになった。
「う……お、ああああああああああっ!?」
絶叫とともに谷底へと消えていく、金髪のロングソード使いの男の姿を崖っぷちに近寄って見下ろしたエルヴェダー。
これでようやく一つの死闘が終わったのだ……。
『おい、大丈夫かルディア?』
「う、うん……私なら平気よ。でもまだ敵は残っているし、麻薬に関してもどこに集めたのかわからない在庫もあるだろうし、何より……」
『何より?』
「何より、こっちの攻撃が何も感じていないように思えた敵たちの秘密を暴かないといけないと思うわ」
そう……死闘は終わっても事件そのものはまだ終わっていなかった。
まさか痛みを感じないような敵がいるなどとは思いもしていなかったし、それは自分だけではなくドラゴンたちもまた同じように考えていたとルディアは回想する。
『それもそうだな。よし、こうなったら上にいるアサドールの奴を下ろして手伝ってもらうぞ。さらなる調査が必要になるからな』
「アサドールもそうだけど、まだここからそんなに離れていない場所にヴェンラトースさんとかハワードさんとかがいるんじゃないかしら?」
ならそいつらにも現場検証を含めて手伝ってもらうことにしようと決め、ルディアたちは行動を開始する。
今回の麻薬事件の主犯であるアルツは死体となって谷底で倒れているだろうから、彼から事情を聞き出すことはできなくなってしまった。
しかしその事情も、これから色々と調べを進めていくうちにわかるだろうと考えているルディアたち。
そして何よりも、ここに来る前に倒れてしまって王都で寝込んでいるルギーレのことが心配なのは全員が変わらなかった。
『吾輩はセルフォンから聞いたことがあるんだが、麻薬は鎮痛剤としても使われることがあるらしい。もしかすると痛みを感じない敵は麻薬を服用していたのかもな』
「そうかもね。ジェクトさんも麻薬に関わる人間はほぼ確実に麻薬常習者だって言ってたからね」
問題はその麻薬に関わったことで、ルギーレが倒れた可能性もあるかもしれないということだ。
いずれにせよ調べることをやめなければ、きっと真実にたどり着くだろうと考えていたルディアたちがルギーレの倒れた原因にたどり着いたのは、それから三日後のことだった。




