381.落っことし、落っことされ
この攻撃が効かない異常集団を一気に倒すためには、このヴィーンラディの地理を知り尽くしている自分ができることで対抗するしかない。
そう考えながら後ろを振り向く余裕なしに走り続けるアサドールは、十人ほどの男女の敵たちを引き連れて目的の場所まで一気に駆け抜ける。
【……あれだ!!】
そこにあったのは、エルヴェダーとルディアが飛行船を爆破するために落としたという深い谷に似ている、それよりもやや浅い谷であった。
しかし浅いといっても、上から落ちてしまえば命を落とすことは想像に難くないので、そこに対してギリギリまで引きつけてから彼は右手の指をパチンと鳴らす。
その瞬間、走りながらアサドールの身体が光り出したかと思えば、数秒後には緑色のドラゴンが光の中から姿を見せていた。
元の姿に戻って一気に崖っぷちから踏み切ったアサドールに続けとばかりに、上空に飛んで行こうとしているドラゴンにばかり集中していた麻薬組織の人間たちや騎士団員たちは、その先に道がないことに気がつく前に下へと引っ張られる妙な感覚に気がついた。
【ふう……何とか十人ぐらいはこれで崖の下だな】
人間の姿のままでも空中浮遊の魔術は使えるものの、やはりドラゴンに戻った方がその存在感を的に十分に示すことができるし、何より動くものに注目したり向かって行ったりするのが生物の習性だ。
だからこそ、その動くものの大きさが大きければ大きいほど、自分を追いかけてきてくれると踏んだアサドールの作戦は見事に成功した。
【意識を上に向けさせて正解だった。……だが、まだ戦いは終わっていない!!】
アサドールの考える通り、そこかしこに待ち伏せをされていたため敵たちはまだまだ大勢いるのである。
そこでここは人間の姿にはならず、とりあえず空中から地上の様子を一気に把握しつつ倒せる敵たちは倒す戦法で戦うことにする。
身体が大きなことで敵の的になる可能性も高いが、接近戦が大の苦手なアサドールは地上に降りて戦うのは気が進まなかった。
それに深い森の中ということもあって、この大きな図体で着陸して戦おうにも満足に動けないと考えて空からのサポートをすることに決める。
【かなり敵の数が多いが……ルディアとエルヴェダーはどこに行ったんだ?】
上空からの視点では木々に遮られて、この森の中ではなかなかその姿を見つけ出すことは難しい。
そこで、普通の人間よりも魔力を体内に含んでいるということに意識を集中させて、探査魔術でその二人がどこにいるのかを確かめる。
【……ここではない……あそこの辺りでもない……あそこでもないな……】
さすがにそこかしこに敵たちがいるとなれば、体内の魔力量が多い仲間たちとはいえどもどうしてもその存在を見つけ出すのに時間がかかってしまう。
そんなアサドールが空中からルディアとエルヴェダーを探しているころ、エルヴェダーがアルツというこの麻薬事件の主犯に追い詰められていた。
「ははは、いい眺めだな!!」
『くっ、くそったれがああああっ!!」
左手の人差し指を差して笑うアルツの視線の先には、先ほどアサドールが十人ほどを引きつけて落っことすのに成功した崖っぷちに掴まってもがいているエルヴェダーの姿があった。
確かにアルツが実力者だというのは、ロングソード使いの彼に対抗してエルヴェダーが槍を使って戦ったものの、次第に追い詰められてこうして危うく崖下に落っこちそうになっていることからもわかる。
「俺たちを追いかけてきたみたいだが、お前らが色々探ってるのなんてお見通しだったんだよ。王都にもまだまだ俺たちの仲間はいるからな」
『くそっ……』
「上がってくんじゃねえよ!! さっさと落ちろ!!」
踏ん張って這いあがろうとしているエルヴェダーの右手をブーツの底で踏みつけ、グリグリと重さを加えて崖下へと落っことそうとするアルツ。
エルヴェダーはこの状況でもドラゴンに戻ることができるのでそうすればすぐに形成逆転するのだが、まさか人間に追い詰められるとは思っていなかったのでパニック状態となっており、そこまで気がついていないという致命的な状態だ。
【くっそ……どうすりゃいい、どうすりゃ!?】
唯一の武器である槍は崖の下へと吹っ飛ばされてしまった。
つまり今の彼は素手の状態でこうしてしがみついているわけだが、そんな絶体絶命の状況に陥っているエルヴェダーの視界にふと、あるものが目に入った。
【……あ、ありゃあ……!?】
もしかしたらそれが自分の命を助けてくれるかもしれない。
エルヴェダーはその見つけたものに対して、藁をも掴む気持ちになっていた。




