37.追いつめられる一行
そんな惨劇が繰り広げられている研究所の中には、当然その異変を食い止めるべく魔術による警報が鳴り響いた。
『緊急事態発生、緊急事態発生。侵入者あり。迎撃できるものは速やかに迎撃準備をせよ。繰り返す、緊急事態発生、緊急事態発生……』
「え?」
「侵入者……って、まさか!?」
その警報とアナウンスを聞いたルギーレたちは、侵入者が誰なのかすぐに察した。
ここのセキュリティを一時的に解除しなければレイグラードのもとにたどり着けない以上、迅速に行動していた一行だったが、敵の……あの炎の悪魔の動きは予想以上に早いものだったらしい。
「侵入者の正体は、お前たちが言っていたその炎の悪魔しかいないだろうな。いずれはここも突き止められるとは思っていたけど、予想外に場所を突き止めるのが早い。だがこっちはあともうちょっとで、レイグラードの部屋のロックが外れる!!」
そう、レイグラードが保管されている場所のロックだけは皇帝の権限をもってしても、複雑な魔術の呪文を唱えなければ解除されない仕組みになっている。
それだけこのレイグラードが持つ魔力が恐ろしく強いものだと判明した、と研究員の一人が教えてくれたのだが、だからと言ってこんな非常事態に使えないのもどうかと思ってしまう。
そしてその心の愚痴が、ルギーレたちには不運を呼び寄せ、炎の悪魔には幸運を呼び寄せる結果になってしまった。
「うぎゃあああっ!!」
「おわああっ、あっ、助け……ぎゃあああああ~~~っ!!」
「な、なんだ!?」
「うわ!?」
ロックを解除していた全員が突然聞こえてきた悲鳴の方向に目を向けると、そこには火だるまになってのたうち回りながら地面に倒れこむ複数の人間の姿があった。
その異様な光景にたじろぐ一行の目の前に、ゆっくりとその悪魔が姿を見せた。
「よぉ~、また会ったな?」
「お前……炎の悪魔のヴァレルだな!?」
「おっ、まさか俺の本名を知っているとはねえ。俺も有名になってきたってことかな?」
「ふざけるな! 城を燃やして、今度はここまで燃やすつもりか!?」
ユクスの怒鳴り声にも、ヴァレルは平然とした口調で答える。
「うん、そーだよ。だってほら、邪魔な奴は燃やすしかねえだろうよ」
「なんて男なのかしら……人の命を何とも思ってないの?」
「いいや、俺は自分の命は大事だね。それ以外のやつで俺の邪魔をするんだったら容赦なく燃やしてやるよ」
ディレーディの執務室で出会ったときと同じように、ヴァレルは自分の双剣をグルグルと回して一行の出方をうかがっている。
こうなったらこのロックが外れるまでの間、この男が邪魔してくるのに耐え続けなければいけないだろう。
「俺があいつを引き付けるから、お前たちは援護を頼む」
「わかった。でも、ただ引き付けるよりはどこかに引き離したほうがよくねえか?」
「……それもそうだな。なら、あいつを挑発してくれルギーレ」
「よっしゃ、任せろ。でも二人も弓と魔術で援護してくれ」
「了解」
「任せて」
作戦を立ててから一行の先頭に立ち、ルギーレはゆっくりとヴァレルの前に歩み出る。
「おいてめぇ、この人でなしでろくでなしの悪魔が何をほざいてやがんだ。お前にあの剣を渡すわけにはいかねえんだよ」
「へぇ~、俺にそんな口を利いちゃっていいのかなぁ?」
「いいに決まってんだろこのドクズ野郎が。邪魔だと思ったら燃やすだぁ? そんな人間の恥のお前なんかに、あの剣を使う資格なんかねえんだよ」
ポンポン出てくるルギーレの挑発に、熱くなりやすい性格のヴァレルのこめかみがヒクヒクと動く。
「ククク……ハッハハハ!! こいつぁ面白れぇや。そんな口利けるだけの実力もねえくせに、偉そうなこと言ってんじゃねえよ、この落ちこぼれのリタイア野郎がよ!」
「だったら試してみりゃいいんじゃねえのか? たった一人で乗り込んできたお前と違って、こっちには頼れる仲間がいるんだからよぉ」
「ざっけんな!!」
ついに我慢の限界に達したヴァレルが、左手の獲物にまとわせた炎を横薙ぎで飛ばしてきた。
だが、その炎はルギーレの後ろに控えているルディアの水のボールによって空中で消されてしまった。
「はっ、そっちの女は水の魔術が使えるのか。だが俺の本気はまだまだこんなもんじゃねえぜ。次はこれだ!!」
今度は二本の剣を自分の身体の前でクロスさせ、地面に半円を描くように滑らせる。
すると生み出された炎が衝撃波の一種となって床を滑り、一直線にルギーレたちに向かっていく。
(だが……低い!!)
今度は三人がジャンプをしてそれをよけ、着地するまでの間にユクスが弓でヴァレルを狙う。
しかしその弓から放たれた矢は、実力にたがわぬ反射神経を持っているヴァレルに的確に弾き落とされてしまった。
「うおらああああっ!!」
そのまま雄叫びをあげて突っ込んでくるヴァレルの、燃える双剣がうなりを上げる。
彼はただの双剣使いではなく、特注の素材で燃えても平気なロングソードを振り回し、相手に攻撃を躊躇させるスタイルだ。
接近すればその二本のロングソードで斬られてしまい、かすったとしても大やけどは免れない。
かといって距離をとれば先ほどのように衝撃波を飛ばしてきたりするので、剣士だからと言って単純に遠距離戦法が有効な相手でもないのが厄介だ。
それを考えて三人が出した結論は、この一つしかなかった。




