379.くんくん
『これは確かにひどい麻薬の匂いだ……』
こうして近くにいるだけでも頭がおかしくなりそうだ、と顔をしかめながらアサドールはその匂いを覚える。
アサドールはセルフォンから以前聞いたことがあるが、麻薬は医療用に使われるものもあるらしく、鎮痛剤として使われる類のものだったりするという。
だがやはりそこは麻薬は麻薬。
麻薬の危険性は多大なものであり、特にそうした薬として処方される場合には厳重に使用上の注意をされるのが一般的だともセルフォンは言っていた。
『使いすぎると死ぬこともあるみたいだからな。吾輩はよくわからないが、とりあえずこの麻薬の匂いを覚えればいいだろう』
『……』
「そうね……って、どうしたのエルヴェダー?」
お互いに人間の姿になり、飛行船を爆破させた場所の近くまで来ているドラゴンたちともともと人間のルディア。
そのルディアが、アサドールの話を聞きながら黙り込んでいるエルヴェダーに声をかける。
そして声をかけられたエルヴェダーは、貿易商という人間の時の自分の肩書きからの見解を述べる。
『もしかしたら、そいつらは麻薬が合法な国にその麻薬を売るつもりだったのかもしれねえぜ?』
「合法な国?」
『ああ。嗜好品として持っていたり使ったりしても捕まんねえんだよ。国が合法にしてっからな』
それは近隣国との関係や、逆に使わせることによって犯罪の抑制につながるという考えのもとだったりするのだが、この世界に存在しているいくつかの国ではそうした麻薬が合法の国もある。
しかし大抵の国では違法なものであるし、少なくともこのヴィーンラディやジェクトのいるバーレンでは処罰の対象となるものだ。
それにセルフォンのように治療用の薬として使う場合にも、国から許可を得なければもちろん使ってはいけないのだから、取り扱いには細心の注意が必要なのだ。
そして合法として麻薬が出回っている国があれば、バーレンやヴィーンラディよりもさらに厳しく罰せられる国も存在している。
『俺様は世界中で色々な品物を取り引きするから、色々な国の事情もわかるわけよ。麻薬に関しては持っているだけで死刑って国もあるからな』
「すごい厳しいわね」
『そりゃまあ、そうした国も幾つかあるさ。麻薬によって国が滅びるかもしれないとか、宗教的な理由で持っている奴は悪魔の遣いだとかって言われて、有無を言わさずに死刑にされちまう国だってあるんだからよ』
麻薬に関しての考え方は国によって違うんですということを、貿易を通じて知っているエルヴェダーからの情報を聞き、自分の知らない世界がまだまだあるのだとルディアは感心する。
そうした国の中ではただの運び屋として雇われた場合であっても、知らず知らずのうちに持ち込んでしまった場合でも、置いておいた荷物に麻薬を紛れ込ませられて本人には麻薬を運んでいるという意思がなかったとしても、全てが言い訳と取られてしまい死刑にされてしまうのは変わらないのだとか。
だからそのアルツが率いている麻薬組織は、そうした国には行かないようにリサーチをかけている可能性が高いかもしれないと考えるエルヴェダー。
『しかしエルヴェダー、向こうは吾輩たちとは違って組織だって動いている連中だからな。行き先がどこかわからない以上、このキツすぎる麻薬の匂いをたどっていくしかあるまい?』
『そりゃまーな。これだけ嗅いでおきゃあ何とかなんだろ』
嗅ぎすぎて鼻がバカになってしまう前に退散しよーぜと促し、エルヴェダーはアサドールとルディアを伴って大空へと舞い上がる。
手がかりとなる匂いを認識したのであれば、今のところは空からその匂いが少しでも感じられた場所をしらみ潰しに探してみるしかないのだ。
それでも、何も手掛かりがないよりはマシだろうと考えながら空を飛び、くんくんと鼻をひくつかせながらドラゴンたちが麻薬の匂いを探す。
そしてそのドラゴンたちにさらなる手がかりを与えるべく、ルディアが飛行船から人間たちが飛び降りていった場所をアバウトに指し示す。
「この周辺で飛び降りて行ったわね」
『……ふむ、確かに麻薬の匂いが感じられるな。降りてみるとしよう』
二匹のドラゴンたちが降りて行った場所は深い森の中。
自然が多いヴィーンラディならではの場所だが、早くしなければ麻薬の匂いが消えてしまう可能性も考えて急がなければと足のスピードが速くなる。
この先に一体何が待ち受けているのか……それが今のルディアたちの懸念することだった。




